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美姉妹といっしょ♡
「晶姉、入るよ~♥」
後を追った宏が晶の部屋をノックするが、中からの反応が無い。
いつもの晶なら、宏が声を掛けると同時に襖が開き、次の瞬間には腕を取って中に引き込んでいるのに、今回はまるで様子が違う。
どうやら、かなり御機嫌ナナメの様だ。
「毎度~♪ 夜這いに来たよ~♥」
軽いジョークを飛ばしつつ、きっちり襖を閉める。
今夜は二人だけにして、と他の妻達へのサインと、朝まで二人っきりだよ、と言う晶へのメッセージを篭めたのだ。
晶はチラリと襖に視線を向けただけで、再び腰まで届く長い黒髪を黙々と梳(す)き始める。
「……話す事なんて無いわ」
鏡の中の自分を見つめたまま櫛を置き、灯を消すと宏に背中を向けてベッドに潜り込む。
(晶姉も頑固……と言うか、意地を張るからな~)
宏は心の中で苦笑し、そっと晶の背後に寄り添う。
ベッドに入っても拒絶しない所を見ると、まだまだ話し合える余地はありそうだ。
「晶姉、俺が味方に付かなかったから怒ってる?」
「……別に」
晶は言葉を濁し、首を横に振る。
(あたしの猫嫌いを知ってるくせに!)
子供の頃からどんな時でも味方だった宏が、どんな時でも自分を優先して考えてくれると思っていた宏が晶の思いとは逆の裁量を下した事がショックだったのだ。
「ねえ、こっち向いて?」
「いやよ! こんな顔……見せたくない」
晶は宏のリクエストを断り、掛け布団を引き上げると顔を埋(うず)める。
(今のあたしは、きっと酷い顔をしている)
戸惑いと混乱、悲観が頭の中を渦巻き、とてもじゃないが顔見せ出来無い。
好きな男性(ひと)だからこそ、笑顔以外の顔を見せたくは無かったのだ。
そんな晶に構わず、宏は肩にそっと手を掛け、ゆっくりと身体ごと向き直させる。
ちゃんと顔を見て話したかったのだ。
しかし晶は長い髪で表情を隠し、俯いたまま宏の顔を見ようとはしない。
「俺、晶姉が好きだよ、愛してる♥ 昔からずっと。そして今でも」
「ご、誤魔化されないわよっ。そ、そんな……」
突然のラブコールに晶は一瞬顔を向けるが、慌てて視線を逸らす。
(懐柔するつもり? そんな事であたしの気持ちは変わらないわよ)
そうは思うものの鼓動が早くなり、顔が熱くなってしまう。
好きな男性(ひと)から真顔で「好きだ、愛してる」と言われ、平静でいられる女はいない。
「晶姉、右手出して」
「……」
宏は俯いたまま差し出された手を握ると、右手の甲と人差し指に唇を這わせた。
「あ……」
晶は大きな瞳を見開いて宏を見つめる。
宏がキスした場所には、言われないと判らない程の小さな傷跡が残っている。
しかし晶には大きな傷跡として心に残っていた。
そんな場所に唇を寄せられ、晶の心がざわめき出す。
昔の出来事を思い起こさせたからだ。
「この傷、ホントは俺が負うべき傷だったからね」
「!! ヒロ……覚えてるの!?」
晶の心に驚きと嬉しさが湧き上がる。
とっくに忘れられていると思っていたのだ。
「当たり前だよ~。俺と晶姉の大切な想い出だもん♪」
「ならっ! どうして保護に賛成したのよっ!」
晶の猫嫌いとなった出来事を知っていて尚、猫の保護を認めた宏に思わず声を荒げてしまう。
生まれて初めて裏切られたと言う想いもあったのだ。
しかし宏は微笑みながら晶の細い手を自分の頬に宛がう。
「晶姉は本当は優しい、って知ってるから」
「な゛っ! 何よ、いきなり」
晶は突然の褒め言葉に狼狽してしまう。
混乱する晶に構わず、宏はもう一度右手にキスをした。
「俺、今でもハッキリ覚えてる。あの時、晶姉は俺の代わりに……」
「そう……だったわね。ヒロが最初に見つけたのよね」
二人は遥か昔に想いを飛ばす。
それは晶が小学三年生で、宏が幼稚園年少組の時だった。
優も含めて三人で遊ぶ約束をし、集合場所の公園に先に来ていた宏が木に登って下りられなくなった猫を見つけたのだ。
「う゛~~~、とどかなよ~」
落ちていた枝を拾って伸ばしたり、思いっ切りジャンプしても、宏の身長ではどうやっても猫まで手が届かない。
そこへやって来た晶が事情を察し、猫を助けようと木に登って右手を差し出したのだが……。
「ああっ! いたいっ! いたいぃっっっ!!」
猫は唸り声を上げて晶の人差し指に咬み付き、手の甲に爪を立てたのだ。
晶は余りの痛さに腕を振り払い、登っていた木からも滑り落ちて尻餅をついてしまう。
腕を払った弾みで猫は地面に無事着地し、一目散に何処かに行ってしまった。
そして晶の右手には、一生消えない傷跡だけが残った。
「なによっ! ねこのくせにっ!!」
助ける為に手を差し伸べたのに傷を負わされた晶。
恩を仇で返された形となり、晶は泣きながら怒った。
咬まれて引っ掻かれた痛みよりも、猫を助けたかった宏の心を踏みにじられた様に感じたのだ。
でも、今なら判る。
猫も下りられなくなって怖かったのだと。
だから思わず咬み付き、爪を立ててしまったのだと。
しかしまだ幼い二人には、そこまで判らなかった。
「たすけてあげたのにっ! ヒロにかわってたすけてあげたのにっ! ねこなんて、だいっきらいっ!!」
涙ながらに晶は絶叫し、以来猫嫌いを公言する様になった。
最初、宏は自分の所為で晶が怪我をしたと思い、子供ながらに思い悩んだ。
「ヒロはきにしなくていいのっ。あたしがかってにしたことだからねっ」
うな垂れる宏に晶は何度も言い、宏も幼かった事もあって直ぐにその通りなんだと納得してしまった。
ところが猫と遭遇する度に宏の手を握り、回れ右をする晶に宏は首を傾げた。
猫に咬まれる前までは自分から猫に近付いていったのに、公園での出来事以降、猫を避ける様になっている。
「こわいんじゃないからねっ! きらいなのっ! ぜったいに、こわいんじゃないからねっ!」
ある時、そう言い訳していた晶の瞳の中に怯えの光が宿っている事に宏は気付いた。
晶は猫の凶暴性を身をもって体験し、猫が怖くなってしまったのだ。
子供の頃からプライドが高かった晶は素直に怖いとは言えず、それを誤魔化す為に必要以上に猫嫌いを演じていたのだった。
「!!! それじゃ、ヒロは昔っから、あたしが猫を怖がっていた事を……!?」
うん、知っていたよ、と頷く宏に、晶は目玉が飛び出る程大きく目を見開き、口をあんぐり開けて見つめる。
まさか自分の猫嫌いの真相を知っているとは思わなかったのだ。
「だから今回の件をきっかけに、晶姉が昔みたいに猫好きに戻ってくれればいいな、っと思って。それで敢えて猫の保護に賛成したんだ。……俺の所為で猫が怖くなった晶姉に対する罪滅ぼしも兼ねて」
宏からの仰天告白に晶の頭の中が真っ白になる。
(ヒロが……あたしが猫を怖がっていたのをずっと知っていた。それを……ヒロは心に留めていてくれた……)
晶は急に恥ずかしくなる。
これまで宏の前で見せた猫嫌いの演技は完全に独り芝居ではないか。
それよりも宏がずっと自分を気にしててくれた事が何より嬉しかったし、愛されている、と切に感じた。
しかし己の心に宿った驕(おご)りにも気付く。
宏は俯いたかと思うと肩を震わせた晶に向かってそっと言葉を掛ける。
晶の猫恐怖症を知っても黙っていた所為で、長い間晶を傷つけてしまっていたのかと思ったのだ。
「晶姉、ごめん。俺がもっと早く晶姉に言っていれば……」
晶は大きく首を横に振って宏の言葉を遮る。
宏は何も悪くない。
悪いのは素直になれない自分自身だ。
「あたし……バカだわ。ヒロにこんなにも想われている事に……気付かなかったなんて」
好きな男性(ひと)に、何時でも味方になって貰えるものとばかり思っていたのは間違いだった。
好きだからこそ突き放す時もある、という事に今更ながら気付いたのだ。
それに気付かず、自分の猫嫌いを前面に押し出してみんなに不快な思いをさせてしまった。
何より、宏に裏切られた、などと思ってしまった。
妻として、女としてあるまじき行為だ。
晶は猛烈な自己嫌悪に陥ってしまう。
(あたしって、まだまだ子供……駄々っ子だわ。ヒロの気持ちに甘えてたのね……)
素直に猫が怖いと言えていたら、今日の騒ぎは起きなかっただろう。
布団の中で嗚咽を洩らし始めた晶を優しく抱き締め、宏はなだめる様に耳元で囁く。
「今すぐ猫に慣れろ、とは言わないからさ。今はただ、真奈美さん達を見守っててあげて欲しいんだ」
宏の温かい声が心地好く心に染み渡り、晶はただ頷く事しか出来無い。
胸から伝わる鼓動と温もりに乱れた心が安らいでゆく。
「今の真奈美さんは昔の……木に登って猫を助け様とした晶姉そのものだから」
「そこまで判ってたの? ……流石、あたしが惚れた男ね♪ あたしには充分過ぎる夫だわ♥」
潤んだ瞳のまま、晶は宏の唇にむしゃぶり付く。
瞳からは月明りに光るモノが幾筋にもなって頬を伝い、枕を濡らす。
宏は唇で涙を拭い、右腕を晶の首の下へ回して二人っきりの時に必ずする格好になる。
「今夜はさ、このまま眠ろう♪ ずっと、朝まで腕枕しててあげるから♥」
宏の腕は筋肉でごつごつして枕とするには少し硬いが、晶にとってはこの世に二つと無い最高、最上級の枕だ。
心を満たされた晶は温かい宏の胸の中で目を瞑る。
(ヒロの……匂い♥)
肺一杯に宏の匂いを充満させ、ひとり悦に浸る。
晶の右手は宏の胸の上で宏の左手と握り合い、宏の呼吸に合わせて微かに上下する。
やがて規則正しい寝息が聞こえ、宏がそっと顔を窺うと以前と同じ、自信に満ちて美しく聡明なレディーの顔に戻っていた。
(つづく)
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美姉妹といっしょ♡
「おはようっ、みんな。いい朝ね♪」
にこやかな表情でダイニングに現れた晶に、朝食に集まっていた面々は一瞬呆気に取られる。
これが昨夜、この世の終わりとばかり沈みきった表情をして部屋に戻って行った晶と同一人物だろうか。
真奈美は驚きの余り采の目に切ろうとしていた豆腐を丸々味噌汁の鍋に落してしまい、千恵はうろたえて炊き上がったばかりのご飯の釜の中にしゃもじを持ったまま右手を突っ込んでしまう。
「お、おい、宏っ! 晶のヤツ、すっげ~爽やかだぞ!? お前、何かヘンなモノでも食わせたのか?」
「ひ、宏ちゃ~ん。こ、怖いよぅ~」
晶に続いて現れた宏にほのかが血相を変えて詰め寄り、若菜までが泣きながら左腕にしがみ付いて来た。
そんな二人に晶は握り締めた両手の拳をプルプル震わせ、こめかみに血管を浮かび上がらせて唸った。
「お、おのれらは~~~っ」
晶は猫と共に過ごす事への恐怖心が全く無くなった訳ではないが、少なくとも当面の同居は認めた。
少しずつではあるが、猫と向き合う心積もりになったのだ。
また、宏に隠し事が無くなった事で心もスッキリ晴れやかになったのだ。
(……ヒロクン、ありがとう。お姉ちゃんの心の枷を解いてくれて、本当にありがとう)
優だけはただ一人感謝の気持ちを篭め、宏に極上の笑みを向けて小さく頭を下げた。
姉の猫嫌いを宏が解(ほぐ)してくれたと思ったのだ。
しかし、如何に双子と言えども、姉が猫を怖がっているとは想像だに出来なかった。
それ程、晶の演技が完璧だったのだ。
「さ、みんな。朝ごはんにしよう♪」
宏の朗らかな掛け声がダイニングに響いた。
この日から真奈美と若菜が中心となり、仔猫の世話に明け暮れる毎日が始まった。
晶は相変わらず猫嫌いを前面に出すものの初日の様に嫌悪感を示す事は無く、仔猫から一定の距離を置くスタンスに変わった。
宏には猫恐怖症が公になったが、優を始め他の妻達には依然として猫嫌いを演じている。
妻達のリーダーとして、宏の筆頭妻(晶が自称してはばからない)として、今更猫が怖いんです、とは高いプライド(意地とも言う)が邪魔をして言えないのだ。
そもそも子供の頃の恐怖心や憎しみが簡単に解消される筈も無く、仔猫から数メートル以内にはどうしても近寄れない。
そんな晶をほのかが笑いながらからかい、宏が取り成す事が日常となった。
☆ ☆ ☆
「おっ! 包帯取れたのか~。好かった好かった♪」
「うん♪ 傷口も完全に塞がったし、そろそろ外しても好い頃だと思ったの~♪」
夕方帰宅したほのかは日課となっていた仔猫への見舞いに訪れ、右後ろ足に巻かれていた包帯が取れていた事に手放しで喜んだ。
命に別状が無いと判っていても、包帯が巻かれた仔猫の姿は痛々しくて見るのが辛かったのだ。
若菜も昼間の仔猫の様子を身振り手振りでほのかに教え、リビングは温かい笑い声に包まれる。
「食欲も旺盛だから、もう大丈夫よ♪」
真奈美は強い反対を押して保護した甲斐があったと心から嬉しくなる。
仔猫のあごを優しく撫で上げるとゴロゴロと喉を鳴らし、気持ち好さげに目を細める。
と、そこへ晶が現れた。
しかしリビングの真ん中に仔猫がいるので中に入れない。
入りたくても足が拒否反応を起こし、言う事を聞かないのだ。
「あら? 随分元気になったわね。もう歩ける様になったんじゃない?」
東廊下側の入り口から顔だけを覗かせて自然と仔猫に視線を向けた瞬間、晶に悲劇(外の者にとっては喜劇だ)が訪れた。
「ニャニャッ♪」
今まで横たわっていた仔猫が首をもたげて晶の顔を見た瞬間、みかん箱を飛び出すと晶に向かってダッシュしたのだ。
まるで晶に「遊んで頂戴~♪」と言わんばかりに。
しかし晶はそれ所では無い。
今まで天敵(?)として認識していた相手がこちらに向かって突進して来るのだ。
「っ! いっ、いやぁ~~~っ!!」
遠い昔に咬まれて引っ掻かれた痛さ、辛さ、憎しみ、恐怖心が一瞬で甦り、顔を思いっ切り引き攣らせると屋敷中に響く悲鳴を上げ、一目散に宏の部屋に逃げ込んだ。
自室では無く、宏の部屋へ逃げ込む姿はとても二十五歳のアダルトな女性には見えず、小さな子供の後姿に似ていたと、後にほのかが語る程だった。
「晶のヤツ、もしかして……」
この一件で晶は実は猫が怖いのではないか、と言う憶測がほのかと若菜、真奈美の間に流れ始めた。
そこで若菜が真相を聞き出そうと(無謀にも)アタックしたのだが、ものの見事に玉砕してしまった。
「この『あたし』がっ! 猫一匹怖がっている様に見える!? あたしは猫が嫌いなのっ!」
晶は物凄い目付きで睨みを利かせ、全身からドス黒いプレッシャーを掛けて憶測を粉砕しようとした。
が、それがまた憶測を呼んでしまう事に本人は気付いていなかった。
結局憶測は憶測のまま、みんなの中で燻り続ける事になる。
「まぁ、いいさ♪ コイツが元気になって好かったぜ♪」
ほのかの一言が、仔猫に対するこれまでの心配を全て払拭した形となった。
一方、包帯が取れた仔猫は自由に屋敷中を歩き回る様になった。
仔猫は野良にしておくには勿体無い程頭が良く、真奈美が西廊下の端に作った猫用トイレ(みかん箱を流用した)の場所も直ぐに覚え、決して家の中で粗相はしなかった。
また、台所に置いてある煮干や鰹節を勝手に漁る事もしないし、人様が食事中のテーブルへ乱入し、おかずを失敬する事も無かった。
「ニャンニャンッ♪」
呼べばトコトコ寄って来て、甘えた声で頭を擦り付ける仔猫に全員(勿論、晶は除いてだ)が夢中になった。
中立を宣言していた優や千恵でさえ、目尻を下げて手を差し出している。
ところがこの仔猫、世話になった真奈美や若菜、ほのかよりも晶が気に入ったらしかった。
「ニャニャ~~~ン♪」
まるで「一緒に遊んでよ~~~♪」と言わんばかりに晶を見つけると嬉しそうな声を上げて走り寄るのだ。
これには晶も青ざめ、後ずさりしながら叫ぶしかなかった。
「ちょっとっ! 何であたしばかりについて来るのよっ!! あっちへ行ってっ!!! 」
仔猫は尻尾と耳をピンと立て、弾む様な足取りでいつも晶の後を付いて歩くのだ。
その度に晶は足を早めて逃げ回り、金切り声を上げる。
ほのかは毎度繰り広げられるシーンにお腹を抱えて笑い転げ、真奈美や若菜は仔猫に構って貰えずに嫉妬する始末だ。
「晶さんの意外な一面が見られて面白い……じゃなかった、楽しいわ~♪」
「……お姉ちゃん、案外笑わせキャラかも♪」
千恵と優は傍観者になって微笑むだけで、決して晶と仔猫の間に手を出さない。
二人(?)の事は宏に任せてあるし、逃げ回る晶を見ている方が下手なテレビを見るより数倍も楽しいのだ。
「晶姉も、少しは慣れてくれたかな?」
宏は毎晩終電間際まで働く一方、そんな妻達を優しく見守っていた。
しかし、事ある毎に苦手な(まだ猫が怖いのだ)猫に追い掛けられ、猫嫌いを演じる晶のストレスは人知れず溜まってゆく事に、この時は誰も……宏や本人ですら気付かなかった。
そんなある日。
「もうっ! いい加減にしてっ! しつこいのよっ! 付いて来ないでっ!!」
土曜日の昼下がり、屋敷中に晶の怒号が轟き渡った。
これまでと違う晶の悲痛な声に、宏を始め優と千恵がリビングに駆け付ける。
「いっつも、いっつも、あたしの後を追い掛けてっ! 迷惑なのよっ! もう、この家(うち)から出て行ってっ!!」
以前と比べるとだいぶ猫に慣れて来た晶だったが、心の奥底に潜む恐怖心と今までのストレスから遂に我慢の限界を突破してしまったのだ。
髪と柳眉を逆立て、眉間に皺を寄せたその表情はまるで般若の様だった、と一部始終を目撃した若菜は語った。
余りの怒り心頭の晶に真奈美はどうして良いか判らずにただ立ち竦み、優もここまで感情を露にした姉を見るのは初めてで、どうしたものかと宏に視線を向ける。
千恵も顔を真っ赤に染めた晶の尋常でない感情の高ぶりに、なす術無く宏の手を強く握る。
そんな怒りをぶちまける晶にほのかが噛み付いた。
「おいっ、晶! 出て行けとはなんだっ! そんな言い方ないだろう!? 仔猫には何の罪も無いだろうがっ!」
「うるさいわねっ! 貴女に何が判るというの! あたしはもう限界なのよっ!!」
猫に対する恐れ、素直に怖いと言えないジレンマ、みんなに対する見栄などがない交ぜになり、自分でも感情がコントロール出来無くなる程ストレスが脹らんでしまったのだ。
仔猫に意識が向いている状態の誰もが、そんな晶の脆い心に気付けなかった。
晶の哀しげな叫び声とその後に取った行動に、その場にいた全員が目を見張る。
「ば、バカっ! 落ち着けっ! いいから落ち着けっ!」
「離してっ! 手を離してよっ!!」
電話台に置いてあった一輪挿を握り締め、仔猫に向かって振りかぶる晶。
それを必死になって正面から抑え、花瓶を取り上げ様とするほのか。
その足元で、つぶらな瞳で二人を見上げる仔猫。
次の瞬間、揉み合う二人から花瓶が零れ落ち、仔猫目掛けて落下した。
「「「「「「っっっ!!」」」」」」
息を呑んだ妻達全員の動きが止まり、時間だけが無情に過ぎてゆく。
(つづく)
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美姉妹といっしょ♡
一輪挿が仔猫目掛けて落下した瞬間、千恵と若菜は息を呑んで思わず目を瞑る。
優と真奈美は顔を引き攣らせて固まり、ほのかは晶を押し退けて一輪挿を掴もうとしたが一歩及ばなかった。
仔猫は自分に向かって落ちて来る一輪挿をじ~~~っと見上げたまま微動だにしない。
誰もが最悪の事態を予想する中、宏だけは違った。
(届けっ!!)
一輪挿が晶の手から零れ落ちるのと同時に床を蹴り、仔猫にぶつかる前に何とか受け止め様と左腕を目一杯伸ばして晶とほのかの足元へヘッドスライディングをかましたのだ。
床が綺麗に磨かれたフローリングだからこそ出来る芸当だ。
そんな宏にほのかと優、真奈美が一縷の望みを託したが無情にも一輪挿は宏の指先を掠め、リビングの固い床に激突した。
グァパシャーンッ!
陶器の砕け散る甲高い音が屋敷中に響き渡り、白く尖った破片が四方に飛び散る。
「……つっ」
短くうめく様な声に妻達が見たものは、左腕を伸ばして一輪挿の残骸に背中を向ける格好で横たわり、右腕で仔猫をお腹に包む様にしている宏の姿だった。
仔猫は辺りを見回し、宏の腕から抜け出ると足取りも軽くリビングのソファーに飛び乗り、大きな欠伸をして丸くなる。
そのいつもと変らない様子に仔猫は無事だった、とホッと胸を撫で下ろしたのも束の間。
仔猫を救った英雄に顔を向けた妻達が一斉に凍り付いた。
「宏ちゃんっ!!」
「宏っ!!」
「宏君っ!!」
「ヒロクンッ!!」
「宏ぃ!!」
若菜の、千恵の、真奈美の、優の、そしてほのかの悲痛な叫び声が同時に上がる。
起き上がった宏の左手首から肘にかけて幾筋もの真っ赤な鮮血が滴っていたのだ。
どうやらスライディングした時に破片が腕の下に入り込んだらしい。
「ありゃりゃ。ちょろっと切っちゃったか」
ナイフで真一文字に切った様な傷口を事も無げに見やり、宏は妻達を安心させようとニッコリと微笑む。
「こんなの、いつもの事だよ♪ 舐めれば直ぐ治る……おわぁっ!!」
胡坐を掻いた宏の許へ殺到する妻五人。
いずれも目が血走り、鼻息も荒く殺気立っている。
その余りの恐ろしさに宏は思わず座ったまま後ずさりしてしまった。
「どっ、どどど、どうしたのかな~? そんな血相を変えて……はうっ」
真剣な眼差しの若菜に左腕を捩り取られ、妻達にまじまじと傷口を見つめられると流石に宏も恥ずかしくなる。
「大丈夫だよ、この位の傷、三日もあれば治るよ♪」
実際、カッターや包丁などで綺麗に切れた一直線の傷は治りも早いのだ。
宏は安心させる為に腕を引いて傷口を舐め様としたが、若菜は自分の指が白くなる程宏の手首を強く掴み、なかなか離そうとはしてくれない。
それどころか顔を寄せた妻達から五枚のピンク色をした可愛らしい舌が次々と現れ、傷口に優しくタッチアンドゴーを繰り返した。
あむっ……、んむっ……、ぴちゅ……。
ある者は流れ出た血をゆっくり丁寧に舐め取り、ある者はこびり付いた血の跡を舌先を震わせる様にして舐め消し、ある者は新たに滲み出た血を唇を押し当てて綺麗に吸い取る。
ひとりが舌先でチロチロと傷口に唾液を塗り込んでゆくと、ひとりが仕上げとばかり舌を平らにして舐め上げる。
「うぁ~~~っ♪」
温かくヌル付いた感触に宏は思わず身震いする。
妻達の舌使いはベッドの中でいつも『息子さん』にして貰っている愛撫と何ら変わらず、条件反射で股間が疼き出してしまった。
(やばっ……。勃っちゃった……)
宏はさりげなく右腕でズボンの前の大きなもっこりを隠し、少し前屈みになって誤魔化す。
幸い(?)にも妻達は目の前の傷に集中していた為に気付かれずに済んだ。
傷口は綺麗に消毒され、一本の赤い筋だけが残される。
これなら夕方迄には完全に傷口が塞がり、三日もしないで跡も残さず完治するだろう。
「深い傷じゃ無くてよかったぁ~。宏ちゃん~、無茶しないでよぅ~~~」
脱力した若菜が泣き笑いの表情で掴んでいる腕を振る。
見ると他の妻達は全身で怒りのオーラを発し、頬を膨らませて向こう見ずな男の子を睨んでいる。
流石、全員年上だけあって鬼気迫るものがある。
「あ……ごめん。つい、その……掴めると思って。それに、もし掴み損ねても仔猫やほのかさんと晶姉の足を飛び散る破片から守れると思ったから、迷わず飛び込んじゃった♪」
宏が頭を掻きながら照れた様に言うと、ほのかが一瞬嬉しそうに頬を染めたものの、直ぐに猛然と食って掛かる。
「こっ……の馬っ鹿野郎っ! それでお前が傷付いてどーすんだよっ! このオタンコナスッ!!」
厳しい言葉を投げ付けるものの、どんな時でも冷静に自分の身を案じてくれる宏に、ほのかは心の中で何度も頭を下げる。
素直に感謝の言葉を言えたなら可愛く見えるのだろうが、みんながいる前では恥かし過ぎてとてもじゃ無いが「ありがとう♥」などと言えない。
二人っきりになったら、ベッドの中でたっぷり礼をしようと決意するほのかだった。
「……ヒロクン、自信過剰は禁物。今回はたまたま軽い傷で済んだ。次回もこうなるとは限らない」
「まったく、もうっ! 血を見て心臓が止まるかと思ったわよっ! 要らん心配掛けないでっ!!」
「宏君っ、猫ちゃんを庇ってくれた事は感謝するけど、それは自分も無傷である事が前提よっ!?」
「宏ちゃ~ん、もう若くは無いんだから~」
優、千恵、真奈美が柳眉を逆立て、指を突き付けて責め立て、若菜が溜息混じりに(自分と二歳しか違わないのに)とどめを刺す。
しかしどの顔も一様に安堵の表情を浮かべ、瞳は笑っている。
見た目ほど酷い怪我では無かったので心底安心したのだ。
(俺って、愛されてるなぁ~♪)
「……ニャ~ニャ」
顔では神妙に受け止め、心の中ではひとり悦に浸る宏に向かって、ソファーで丸くなっていた仔猫が首をもたげると「しょってるわね~」と呆れた様に鳴いた。
そんなほのぼのとした雰囲気から少し離れた所でひとり佇み、輪に加われない者がいた。
(あ……あ……)
晶は真っ青な顔のまま宏の左腕を見つめ、微塵も動けない。
(あたしが……あたしがっ! ヒロを……ヒロをっ!!)
弾みとはいえ、誰かを傷付けるつもりは毛頭無かった。
だのに……。
足が震え、宏に謝りたくても唇が凍り付いて言葉が出て来ない。
何故こうなったのか、自分が何処に居るのか、今立っているのかさえも判らない。
晶は自分自身を呪った。
「晶姉?」
晶の異変に真っ先に気付いたのは宏だった。
顔面は血の気が失せてまるで蝋人形の様なのに、虚ろな瞳の中で救いを求めている晶を見たのだ。
「ニャニャッ!」
慌てて宏が腰を上げ、次に異変に気付いた仔猫も「危ないっ!」と言わんばかりに鋭く鳴き声を上げる。
晶が膝から崩れ落ちたのだ。
「晶姉っ! 晶姉っ、しっかりしてっ!!」
咄嗟に動いた宏は晶が床に頭を打つ前に抱き締める事に成功する。
その身体は驚くほど軽く、細かった。
☆ ☆ ☆
「……ストレスが重なった事と、ヒロクンを傷付けたと言う自責の念による軽い貧血。少し休めば起きられる」
晶の部屋から出てきた優の言葉に、廊下で待っていた一同はホッとする。
両耳を真っ直ぐ立てた仔猫も、みんなの足元にチョコンと座って晶の部屋を見つめている。
しかし真奈美だけは浮かない顔だ。
「私が猫ちゃんを保護した所為で、晶先輩はずっとストレスを受けてたんですね……。それであんな騒ぎになって、宏君が……」
重苦しい空気がみんなの間に漂う。
今更ながらに晶の心労に気付いたのだ。
「お前の所為じゃない。晶のヤツが意地っ張りなんだ。素直に怖いと言えば、こんな騒ぎにはならずに済んだんだ」
憮然としたほのかの言葉に宏は目を丸くする。
(どうして? 何でほのかさんが……)
宏の驚く顔を見たほのかはニヤリと笑って種明かしをする。
「簡単な事さ。あいつ、猫に追われる度に逃げてただろ? あれは猫が嫌いな態度じゃ無い。怖くて近寄れない態度だぜ。まぁ、最初は上手く誤魔化されたけどな♪」
ほのかがみんなを見回すと、全員がぎこちなく頷く。
晶が猫を怖がっている事はとっくに知っていたし、そんな状況を楽しんでいた事も反省しているのだ。
宏は小さく頭を下げる。
「みんな……ごめん。騙すつもりは無かったんだ。ただ……」
「あたしが変な意地を張ったのが悪かったのよ」
襖が開き、廊下に出て来た晶が宏の言葉を遮った。
「晶姉っ! 大丈夫なの!? 気分はどうっ?」
晶は意気込んで尋ねる宏に柔らかく微笑み、心配気に見つめる一同に告げた。
「ここじゃ何だから、リビングに移動しましょ♪ そこで全て話すわ」
いつもの不敵な(?)笑みを浮かべた晶がそこにいた。
(つづく)
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美姉妹といっしょ♡
「あたしは猫があんなに凶暴だとは思いもしなかった。そして猫が憎くなった。ヒロの想いを踏み躙られた様な気がしたから」
晶は右手に微かに残る傷跡を擦(さす)りながら昔起きた公園での出来事を語って聞かせ、猫が怖い事を誤魔化す為に今まで猫嫌いを演じ、みんなに不快感や心配を掛けた自分を許して欲しいと頭を下げた。
プライドの高い晶が今回の件で素直になる大切さを知り、自ら神妙に頭を垂れる姿に一同驚くものの、一皮剥けた晶を見て眩しそうに眼を細める。
今まで所々で見られた角がすっかり取れ、性格的に丸くなった晶に心から賛辞を送った。
(ただでさえ才色兼備の女性なのに、より魅力的になっちゃって……。敵わないわ~)
真奈美は仔猫の頭を撫でながら心の中で呟き、晶を尊敬の眼差しで見つめる。
優は姉の秘めた想いに深く頷き、千恵や若菜は晶の意外で新たな一面を見て素直に喜んでいる。
宏は仕事にかまけて晶のストレスに気付かなかった事を海より深く反省し、晶を始めみんなの為にも残業を減らそうと心に誓った。
「そんな昔から宏とお前は深く繋がってたんだな……」
ほのかは幼い宏を知る晶に軽い嫉妬を覚えると同時に、その時から今までずっと宏と共に歩んで来たのかと思うと羨ましくなった。
物心付く頃から仲が好かったと聞いていたとはいえ、ほのかは晶の宏に対する一途な想いやその深さを改めて知らされたのだ。
「ま、好いさ。これからはオレ様の時代だ♪」
ほのかは重くなりそうな雰囲気を払うかの様に高らかに宣言し、宏の首に片腕を回して自分に引き寄せるとブチュ~ッ、と頬に熱烈なキスをする。
「ニャンニャ~ン♪」
目を細めた仔猫がほのかに向って「がんばってね~♪」と鳴いた。
☆ ☆ ☆
「ねえねえ、みんなみんなっ、あたい見ちゃったっ!」
晶の衝撃告白から数日後、駅前スーパーへ買出しに行った千恵と真奈美が駆け込む様に屋敷に戻って来た。
千恵は顔を紅潮させ、真奈美は暗い顔をしている。
仔猫は二人の気配を嗅ぎ付け、玄関で「ニャン♪」と出迎えると三人掛けソファーの端で再び丸くなる。
そこはいつも晶が座る席なのだが、今や仔猫が一日の殆どを過ごすお気に入りの場所になっていた。
「どうしたの? えらく対照的な顔してるわね~」
リビングの一人掛けソファー(宏の席だ)に悠然と座り、ロイヤルミルクティーを優雅に啜りながら午後のワイドショーテレビを見ていた晶が顔を向ける。
今日は平日だが会社のシフトの関係で休みなのだ。
「あのね、さっきこの仔猫ちゃんと同じ毛並みの三毛猫を見掛けたのっ! 模様は違うけど、こげ茶、白、黒の色は同じなのっ。耳の形もそっくりだし、きっとこの仔の母猫よ!」
大量の食材の片付けを若菜に問答無用で押し付け、仔猫の向いに座って捲くし立てる千恵の情報にリビングが沸き立つ。
「……その三毛猫、どこで見たの?」
優が千恵からレシートと買い物用財布を受け取り、パソコンに入れてある家計簿に支出を入力しながらその時の状況を尋ねる。
「ほら、ここから三~四分行った所に雑木林が道に迫っている所があるでしょ? その林の中にいたのっ。餌を探していると言うより、仲間を探しているかの様だったわ。あたい達を見ても逃げなかったし、人間馴れしてる感じね」
「えっ!? そこって……仔猫ちゃんを保護した所よっ」
千恵の目撃談に若菜が冷蔵庫の前から叫ぶ。
しっかりと聞き耳を立てていた様だ。
千恵は首を傾げ、ピンク色の唇に人差し指を宛がいながら発見した時の状況をみんなに詳しく聞かせた。
「……真奈美、覚えてる?」
話を聞き終えた優が真奈美にそっと声を掛けると、真奈美は切な気に小さく頷く。
この仔は怪我が完全に治り、親猫が見つかるまでの約束で保護したのだ。
怪我が完治した以上、親猫が近くにいるのならば、この仔は親元に返さなければならない。
これまで親身になって世話をして来た真奈美にとって、突然別れを突き付けられた気がして何も考えられない。
たとえそれが仔猫本来の姿と判っていても、情が移ってしまった今では気持ちの整理が着けられないのだ。
「ともかく、ヒロに報告ね。……真奈美も辛いだろうけど、心積もりは決めておいてね」
晶は慈愛に満ちた瞳で無言の真奈美を見つめた。
☆ ☆ ☆
「そっか。見つかったんだ、親猫」
今日も残業で遅くなった(それでも毎日二時間で切り上げている)宏がソファーに腰を落ち着けると、晶がお酌をしつつ昼間の出来事を詳しく話してくれた。
猫好きな宏にとって仔猫と遊ぶ時間をいつも楽しみにしていた事もあり、突然な話に思わず溜息を吐いてしまう。
「ちぇっ、せっかくみんなと慣れ親しんだかと思ったのにな~。つまんねぇの」
ほのかは手を伸ばすと上を向きながら宏のおかずをつまみ食いし、潤んだ碧眼を見られまいと誤魔化す。
最初から判っていた事とは言え、仔猫との別れがにわかに現実味を帯び、堪らなく寂しくなったのだ。
「ねぇ、宏ちゃん、このまま猫ちゃん、飼っちゃわない? 元々野良なんだし、一匹なら私達で面倒見るわ。それに、晶姉さんも仔猫にすっかり慣れて来たんだし」
温め直したおかずをテーブルに置きながら、仔猫に魅入られている若菜がここぞとばかりに提案する。
若菜の言葉通り、晶は猫恐怖症を暴露したあと、徐々にではあるが仔猫の直ぐ傍まで近付ける様になった。
それでも怖がっていた期間が長かった為に、仔猫に触れる事はまだ出来ないでいる。
宏は近々、晶は昔の様に猫と遊べる日がやって来ると読んでいた矢先での親猫発見だった。
「何言ってんのっ、この仔は親の庇護の下で暮らした方がずっと幸せよ! あたい達は怪我を治してあげただけ。役目は終わったわ」
「……ボクもそう思う。元々は野生の猫。ボク達の我が侭でここに縛り付けるのは好くない」
千恵が若菜の頭を小突きながら、それでも寂しそうに口を挟むと優も真奈美を見つめつつ千恵を支持し、晶も同時に頷く。
最後に宏から意見を求められた真奈美は膝の上で丸くなっている仔猫を見つめ、長い時間を掛けてようやく声を絞り出した。
「元気になったこの仔を……親元に返す事が私達の……最後の役目なんですよね」
真奈美の想いの篭った声にリビングは静まり返り、真奈美を除く全員の視線が宏に集まる。
どの視線も真剣で、仔猫に対する想いの深さを示していた。
宏はビールを一気に呷ると夫として、そして家長として判断を下す。
「仔猫の為に自然へ……親猫の許に返そう。完全に傷は治ったんだし、千恵姉の言う通り、俺達の役目は終わったんだ」
宏は席を立ち、真奈美の肩に優しく、そしてあやす様に手を置く。
真奈美は唇をきつく噛み締め、俯いたまま小さく頷く。
その横顔は長い髪に隠され、誰からも窺う事は出来無かった。
「……ニャ~」
仔猫は真奈美の膝の上で恩人を見上げ、頭に置かれた手を舐めてから語り掛ける様に小さく鳴いた。
それはまるで「今までありがとう」と言っているかの様だった。
(つづく)
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美姉妹といっしょ♡
親猫が見つかった事を受けて仔猫は屋敷の外へ放たれ、親子の御対面は時間の問題かと思われた。
しかし仔猫は宏達との生活が心地好かったのか昼間は近所で遊び回るものの夜になると垣根の植え込みで夜明かしし、決して屋敷から離れようとはしなかった。
親猫も人間の匂いに染まった仔猫を自分の子供とは認識出来無いのか、それとも人間に対して不信感を持っているのか、なかなか仔猫や敷地に近付こうとはしなかった。
妻達も親猫を見掛ける度に仔猫を抱えて駆け付けるのだが、親猫はその間に何処かへ行ってしまい、親子の御対面はいつも叶わなかった。
☆ ☆ ☆
「ねえ~、宏ちゃん~。この際飼っちゃおうよ~。猫ちゃん、遠くへ出ようとしないし、親猫もちっともウチに近付かないし……キリが無いよぅ~」
仔猫を傍に置いておきたい若菜がお茶請けの濡れ煎餅を齧りながら訴えると、隣に座っているほのかも固焼き醤油煎餅をしゃぶりつつ身を乗り出す。
「なあ、晶もだいぶ猫に慣れたし、アイツもこの家(うち)から離れないんなら、このまま我が家の家族に加えようぜ? そうすれば全員ハッピーだろ?」
そう言いながら庭の梅の木の根元で昼寝をしている仔猫に視線を向け、このまま仔猫を飼ってしまえと盛んに宏をけし掛ける。
三毛の仔猫は自分が話題になっている事を知ってか知らずか、気持ち好さそうに丸くなっている。
「ねぇ、宏君。仔猫ちゃんが親猫と巡り逢え無かった場合も考えても好いかと思うの。せめて御飯はウチで面倒見ましょう?」
ほのかの左隣で真奈美が首を傾げ、甘えた声で上目遣いに見つめて来る。
宏におねだりする時に見せる表情だ。
年上の美女から甘えられる事に慣れていない(二組の双子姉妹は宏の尻を叩く方だった)宏は目尻を下げ、思わず頷きそうになってしまう。
その実、真奈美は餌を捕れずに往生している仔猫を見かね、みんなに内緒でこっそりと餌を与えていた。
親猫の元へ仔猫を返す事が真奈美に与えられた最後の使命なのだが情が移り、どうしても手放せないのだ。
「……それは駄目。餌は自分で捕らないと。そこまでは人間の責任じゃない」
「あ、そっ、そうだね。俺達の役目は終わ……った……」
ほのかの右隣に座っていた優がすんでの所で宏の蕩け掛けた理性を呼び戻すが、宏の言葉は尻つぼみになって消えてしまう。
ほのかが胸の広く開いたTシャツの襟を下げ、腕で寄せて作った双丘の深くて柔らかそうな白い谷間を宏に見せ付けてウィンクしているのだ。
その瞳は「このまま猫を飼おうぜ♪」と語り、上体を妖しくくねらせている。
「ほのかさん、それ、反則っ!」
匂い立つ色気では敵わない(と思っている)千恵が嫉妬を滲ませてレッドカードを突き付け、ほのかの正面に座る宏の頭を掴むと強引に自分の方へと向かせる。
この時、ぐごぎっ、と嫌な音がし、宏の呻き声が洩れたが聞かなかった事にした。
「宏、仔猫は親元で過ごすのが幸せよ。たとえ野良でもね」
千恵の言葉に優と晶が深く頷き、若菜、ほのか、真奈美は宏を篭絡(?)出来ずに心の中で舌打ちした。
「ちぇっ、あと少しで『Yes』と言うトコだったのになぁ~、残念♪」
「ったく、あんた達はもう……」
ほのかが悪びれる様子も無く舌をチロッ、と出して笑うと、それまで黙って事の成り行きを見ていた晶がやれやれ、と溜息混じりに首を振る。
「それにしてもあの娘(こ)、親猫の顔を忘れたんじゃないでしょうね? ちっともここから出て行かないじゃない。ヒロ、このまま放っておく? それとも保護した場所へ戻してみる?」
晶が番茶をすすりながら問い掛けると、宏は暫く考えてから一同を見渡す。
「このまま放っておこう。仔猫には人間の庇護から離れる事を覚えて貰わないといけないし。それに、俺達がいつまでも構っていると、親猫だって近寄れないだろうし」
宏の方針に全員が頷き、仔猫は更に人の手から離れてゆく。
そんな梅雨晴れの日曜日。
「おいっ! あれ、親猫じゃないか? こっち見てるぜっ」
南向きの部屋の窓を一斉に開け放ち、全員で布団干しに掛かりきっていると、ほのかが垣根から顔を覗かせている三毛猫を指差して声を高めた。
その声に宏以下全員が布団を放り出してリビングにいるほのかの許に集まる。
見ると、その三毛猫は垣根の下でじ~~~っとこちらを、正確には窓の外で丸まっていた仔猫を見ていた。
仔猫も耳を真っ直ぐに立てると相手に顔を向け、じっと見つめている。
「きっと我が子を迎えに来たのよっ!」
若菜が興奮気味にはやし立てると、真奈美が泣き笑いの顔になる。
二匹の猫が互いに近付き、匂いを嗅ぎ合っている様子を見て、ようやく仔猫を親猫に返す事が出来る嬉しさと仔猫と別れる悲しさで気持ちがごっちゃになっているのだ。
「これで……一件落着ね」
晶は仔猫を見つめつつ真奈美の肩に手を置き、慰める様に言葉を掛ける。
真奈美は仔猫が親猫に甘えている様子を見て、頷く事しか出来無い。
何か話そうとしても涙声になってしまう。
「あ~あ。仔猫のヤツ、やっと本来の生活に戻った、って感じだな」
ほのかが長い金髪を弄びながら、仲睦まじく垣根を潜って外へ出ようとしている二匹の猫を感慨深気に見つめる。
仔猫と遊んだ日々を思い出しているのだ。
心なしか、切れ長の碧眼が潤んで見える。
若菜と千恵も、手を取り合って同じ様に瞳を潤ませて仔猫の後姿を追っている。
「あれ? 仔猫が戻って来る。……どうしたのかしら」
千恵がロングポニーテールを揺らし、首を傾げて涙声で呟く。
全員が注目する中、仔猫は開け放たれたリビングの窓から一目散に晶の元へ駆け寄って来た。
「な゛っ、何!? 何の用?」
晶は思わず一歩後ずさり、たじろいでしまう。
仔猫は晶の足元にちょこん、と座ると戸惑う晶をつぶらな瞳で見上げて「ニャン♪」と鳴く。
まるで何かを言わんとしているかの様だ。
「おい、晶、せっかくなんだから頭を撫でてやれよ。最後なんだし」
ほのかの声に優も微笑みながら頷いている。
晶はどうしたものかと宏に助けを求める。
直接猫に触れる事がまだ怖かったのだ。
「晶姉、大丈夫。昔とは違うんだ。撫でてあげてよ」
優しく笑う宏の言葉を受け、膝を折ってしゃがむと恐る恐る右手を仔猫の前に出そうとする。
しかし手を出したり引っ込めたりして落ち着かない。
「ったく、晶も意外とチキンなんだな~♪」
「だっ、誰が臆病者よっ! いいわっ、みっ、見てなさいっ」
焦れたほのかが苦笑しながら茶化すと、むきになった晶が怖さを誤魔化す為に半分目を瞑りながら仔猫に手を伸ばす。
すると仔猫は意外な行動に出た。
仔猫は嬉しそうに瞳を細め、それから出された右手を眺めると小さなピンク色のざらついた舌で人差し指を舐め、続けて手の甲も舐め上げたのだ。
「あっ……」
晶は一瞬身体が強張ったものの、以前の様に悲鳴を上げて逃げる事は無かった。
むしろ驚きに瞳を見開き、仔猫に手を預けている。
「あ、晶姉……その場所って……」
宏と晶は顔を見合わせ、ゆっくりと右手に視線を移す。
そこはかつて晶が猫に咬まれ、引っ掻かれた場所だった。
「ニャ~ニャ」
仔猫はまるで何かを訴えている様に鳴く。
晶は呆然としつつ左手で右手を握り締めた。
「なんで……」
仔猫は晶の古傷を舐めたのか。
(偶然……よね?)
晶はそんな風に思うとした時、宏が微笑んだ。
「……きっと、あの時の猫が生まれ変わって、晶姉にお詫びする為にこの家(うち)に現れたんだよ。そして、『あの時はごめんね』って言ったんだと思う」
「ニャ~~~ン♪」
宏の言葉に仔猫は肯定するかの様に一際大きな声で鳴いた。
「ヒロ……」
宏の言葉が、想いが晶の頑なだった猫への恐怖、憎しみの欠片を急速に溶かしてゆく。
晶は宏に潤んだ瞳を向け、続いてごく自然に仔猫の頭に右手を置いて、わしゃわしゃと撫でる。
それは以前の、子供の頃の晶が猫を可愛がっていた時と同じ撫で方だった。
「何時でも遊びに来なさい。歓迎するわ♪」
「ニャンニャンッ♪」
仔猫は晶の言葉を理解したのか元気好く返事をし、嬉しそうに目を細めて頭を掌に擦り付けている。
これには妻達は眼を剥き、我が目を疑った。
――これまで猫に触れる事すら出来無かった晶が笑いながら猫を撫でているっ!――
晶と猫との十数年来の確執が綺麗に消滅した瞬間だった。
「あ……行っちゃう。仔猫ちゃん……元気でね……」
真奈美のすすり泣く声がリビングに響き、二匹の三毛猫は寄り添う様に垣根を潜(くぐ)って行く。
その時仔猫が振り返り、「ニャ~ン♪」と鳴いてから姿を消した。
「今の、きっと真奈美さんに『ありがとう♪』って言ったんだよ」
宏は真奈美を後ろからそっと抱き締める。
真奈美が傷を負った仔猫を保護し、親元へ返す一連の使命が見事に成就した瞬間でもあった。
(つづく)
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