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「Tokyo control, Clipper 001(ゼロゼロワン), passing TOPOS, flight level 410(フォーワンゼロ).」 (東京コントロールへ、こちらクリッパー001。TOPOS(トポス)を通過、現在高度 4万1千フィート)
「Clipper 001, Tokyo control, fly present position direct Honolulu.」 (クリッパー001へ、こちら東京コントロール。現在地からホノルルへの直行を許可します)
「direct Honolulu, thank you, Clipper 001.」 (こちらクリッパー001、ホノルルへ直行します。ありがとう)
キャプテンシートに座るほのかは管制官との交信を終えるとコクピット窓から外を眺め、雲の状態や他の航空機に注意を払う。 そして正面や頭上にある計器盤にも視線を走らせ、オートパイロットに入力したスピードやコースに変位が無いか、航空機に異常が無いかを確かめる。 当然、搭載している高精度なGPSにより緯度・経度を常に監視(モニター)し、現在地の把握も欠かさない。
(ん、今のトコ正常だな♪)
順調なフライトに満足し、普段通りにリラックスして操縦出来ている、と思った次の瞬間。
――バァアアアアンッ!!――
「うわっ!!」
突然、何かが叩き付けられたかのような凄まじい金属音が耳をつんざき、同時に右側から突き上げられる衝撃にほのかは上下左右に激しく身体を揺さ振られた。 コクピット内には白い煙が一瞬で充満し、計器はおろか自分の手すら見えなくなる。
――ピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピッ!――
『Decompression, Decompression! Decompression, Decompression!』
――ビュルルルルルルルルルルルルルルルルルッ!――
『Fire, Fire! Fire, Fire!』
――ピー、ピー、ピー、ピー、ピー、ピー、ピー、ピー――
衝撃を受けた一瞬後、急減圧と火災発生を告げる警報音と人工音声がコクピットに鳴り響き、どこかのシステムが失われたのか注意喚起のアラームもけたたましく鳴り出した。
「!! 何が起きた? 急減圧に火災だとっ!?」
ほのかの心拍数が一瞬で跳ね上がる。 今の高度――地上からおよそ一万二千五百メートル上空――での与圧トラブルと火災は航空機にとって一刻を争う緊急事態であり、手順一つ誤っただけで、対処が一秒遅れただけで致命傷となりかねないからだ。
(くそっ、こんなトコでくたばって堪るか! 宏の元へ帰るんだっ! オレの死に場所は宏の腕の中だっ!!)
負けん気(?)に火が点いたほのかは左手で操縦輪(ホイール)を強く握ったまま、自動的に降りて来た酸素マスクを右手ひとつで顔に素早く装着し(酸素マスクは顔に当たるように落ちて来るので視界が効かなくてもマスクの位置が判るようになっている)、深呼吸ひとつしてから状況把握と飛行安定に努める。 深呼吸したのは酸素を充分に得る為と、もうひとつは自分を落ち着かせる為だ。
(急減圧の原因はいったい……いや、詮索は後でいい。まずは操縦を取り戻さないと……って、くそ! ホイールと方向舵(ラダー)が動かん! 油圧ポンプがダメージを受けたか!? 高度とスピードは……煙が濃くて計器が見えん! 機種方位(ヘディング)は……右に逸れてく感じだな。電源系は……排煙装置が自動的に作動してるから大丈夫だ!)
五感をフルに使い、電光石火の早業で機体の状況を掴むほのか。
「よしっ! まだ完全に操縦不能に陥ってない! 何とかなる! ……いや、してみせる!」
簡単に諦めないほのかは薄れゆく煙(正確には水蒸気だ)の中でコクピット内に視線を巡らせ、何が起きたのかを計器類から確かめようとする。 すると、正面パネル中央にあるCRT画面に与圧異常とエンジン火災、そして油圧システムの全てが破断された事を知らせる警報が赤文字で点滅表示されていた。
「急減圧確認、緊急降下! オートパイロット off! ……くっそー、メチャクチャ重いぞ、このホイール! ……くそっ、動けっ!!」
自動操縦を切るや否やびくともしないホイールを歯を食いしばりながら力尽くで前に押し、機首が水平より下がった事を確認するともう一度、今度は渾身の力を込めて大きく機首下げ操作を行なう。 この二段階の飛行姿勢変化によって機体と人間に掛かる急激な負荷を多少は和らげる事が出来るのだ。 同時に、飛行していた航路から少し横に逸れるよう、今度は体重を目一杯掛け、ぶら下がるようにしてホイールを右に回し、機首を横に振ろうと試みる。 これは緊急降下時に同じ航路の下を飛んでいる他の航空機との異常接近(ニアミス)を未然に防ぐ為の処置だ。 しかし、油圧システムが破壊された機体で補助翼(エルロン)が狙い通りに作動する訳もなく、どんなに力を込めても方向は少ししか変わらなかった。
「ええい、ゆっくり右に振れてるから構わん! エンジン、アイドル!!」
ほのかは二本あるスラストレバーを素早く手前に戻し、エンジン出力を最低限――アイドリング位置――にする。 続けて着陸装置(ギアレバー)とエアブレーキレバーを操作してみるが、やはり作動はしなかった。
「全部ダメか。マニュアル・ギアダウン!」
油圧での作動が期待出来無いのであれば手動でギアを降ろそうと即決し、コクピットの隅にある小さなハンドルを急いで回す。 その間にも、ほのかの視線は姿勢指示計、速度計、高度計や窓の外とあちこち動き、常に状況把握に努めていた。 ひとつの作業に集中し過ぎると周りが見えなくなって逆に危ないのだ。 因みに、着陸装置――つまりは車輪だ――を出すのは空気抵抗を少しでも増やして降下率を高める為だ。
「手動でギアダウンなんて、いつ振りだ? ちゃんと降りろよ? ……よし、降りた! ギアロック確認! ギアダウンランプ点灯確認!」
これら一連の操作で機体は毎分一万二千フィートの降下率(通常は毎分一千フィートから千五百フィート、着陸前は七百フィート前後なので如何に急降下なのか判るだろう)と運航限界速度(これ以上速度を出すと機体が分解する速度だ)ギリギリを維持して急降下を始めた。 マイナスに働く重力で身体が浮く感覚の中、ほのかの鋭い視線は目まぐるしく動く高度計の数字を捉え、緊急時にも係わらず冷静な頭脳が身体を無意識に動かしてゆく。
「現在四万フィート、一万フィートまで降下! 所要時間二分半!」
高度一万六千フィートでアラームが鳴るようセットし、機首引き起こしのタイミングを図る。
「よし、取り敢えず急減圧の対処は終わりだ!」
機内に水蒸気が一瞬で発生し酸素マスクが降りた事は機体に穴が開き、与圧――酸素が抜けた証拠に他ならない。 殊に、今飛んでいる四万フィートの高々度で酸素が失われると人間は低酸素症に陥り、ものの三十秒程で眠るように意識を失い、そのまま天に召されてしまう。 これは高度が上がる程に意識を失うまでの時間が短くなり、国内で飛ぶ機会の多い三万フィートは九十秒、ビジネスジェットが超長距離飛行時に使用する五万フィートでは僅か十秒前後になる。 その為、航空機には急減圧すると自動的に酸素マスクが各座席に降りるシステムが必ず装備されている。 言い換えれば、酸素マスクが降りると言う事は機内の酸素濃度が薄く、そのままでは生命維持が危ういと言う警告サインでもある。 また、機体に穴が開いた事により乗員乗客が外気温に晒される事も意味する。 三万フィート上空では夏でもマイナス四十度や五十度が当たり前の世界なので、一刻も早く降下しないと凍傷や凍死の恐れも出て来る。 その為にパイロットは酸素が濃く、気温の高い低高度へ出来うる限りの手段を用いて機体を急降下させなければならない。 ほのかが真っ先に酸素マスクを装着したのは、パイロットが意識を失わない為の最初で最大の対処方なのだ。
――自身を確保した後、機体(操縦)の安定を図り、その後に各対処をする――
パイロットが緊急時に行なう最優先手順であり、空の上での常識でもあった。
「三万七千を切って降下中! マックポイント885(マッハ0.885の意味だ)、ヘディング080(磁方位で示す)からSlow right turn! 次は火災警報だが……ホントか? 急減圧と火災が同時に起こるなんて奇跡に近いぞっ!?」
ほのかの細い眉が僅かに寄る。 警報は単なる誤表示や急減圧の衝撃による装置故障も考えられるのだ。 ひと息吐(つ)く間も無く、ほのかは高度計と速度計、姿勢指示計をモニターしつつ火災の真偽を確かめる。 あからさまな煙や焦げ臭い匂いはしないものの、万が一もある。 コクピットに充満していた水蒸気は完全に排出されて視界は戻ったが、今も火災警報音が鳴り響き、CRT画面でも火災警報が点滅表示したままだ。
「火災警報、No.2(ナンバー・ツー)エンジン!」
火災発生場所が判明し、正面中央下にあるエンジンパラメーター示すCRT画面に目を向ける。 すると、右エンジンの回転数や吸気と排気の圧力差を示す数値がどんどん低下しているのに係わらず、エンジン本体の温度を示す数値が見る間に上昇しているのが判った。 残されたNo.1(左)エンジンの各パラメーターは正常な事から、この火災警報は誤報では無いと瞬時に悟った。 コクピット窓からは機体後部にある左右二つのエンジンは死角となって全く見えないので、計器だけが頼りなのだ。
「火災確認! No.2エンジン、Cut off!」
実際に起きた火災だと判断するや否や、ほのかの動きは早かった。 燃え盛っているであろうエンジンを止めるべく、右側のスラストレバーを完全に引き戻して出力をゼロにし、天井にある燃料制御パネルに腕を伸ばして該当エンジンに係わるスイッチを素早く、しかも確実に動かしてゆく。
「No.2燃料弁閉鎖! 火災遮断装置ON! 消火装置作動!」
呼称しつつ淀みの無い、慣れた手付きでスイッチを捻り、透明なカバーを指先で開けるとボタンを押し、赤く塗られた消火ハンドルを引く。 この右手一本の操作で右エンジンへの燃料供給が遮断され、機体内部に繋がる油圧パイプや空気取り入れパイプ(機内の空気はエンジンから引き込んでいるのだ)を閉じて延焼を防ぎ、内蔵された強力な消火剤がエンジンに噴射される。 かくして、右エンジンはシステム的に完全に隔離された事になる。 消火装置も効いたのかエンジン本体の温度が徐々に下がり始め、右エンジンのパラメーターは全てゼロになった。
「No.2エンジン、Shut down!」
エンジン温度も警戒レベルを下回り、火災警報音が自動的に鳴り止んで火災警報画面も消える。
「鎮火、確認!」
幸い、燃料タンクへの引火に至らず済んだようだ。
(ふぅ。早く消えて助かったぜ。……まぁ、緊急降下(ダイブ)してる最中だしな)
エンジン火災の時も、急降下による風圧で火を吹き消すのだ。 実際、今現在の急降下速度は時速千キロにも及んでいるから、バカに出来無い威力なのだ。
(次は油圧系統だが……期待薄だな)
右エンジンが完全に停止した事を再度計器から確認したほのかは、続いて油圧システムのチェックに取り掛かる。 エンジン火災で恐いのは、エンジンが爆発炎上した時に飛び散る破片で機体に穴が開き、与圧が急激に失われたり胴体内を通る油圧パイプが破断して操縦システムが作動しなくなったりする事だ。 実際に全ての油圧システムがダウンした今、ラダーやエルロン、着陸装置などが操作出来無くなり、操縦(コントロール)が非常に困難なものとなっている。 果たして、三系統ある油圧システムの内、右エンジンに直結する油圧系統は火災で完全に機能ダウンし、予備の油圧系統も作動オイルが完全に抜けきっていた(注意喚起のアラームはこれだった)。
「No.1の油圧ラインも……やはり油圧ポンプがやられてる。これじゃ、ホイールその他は動かんわな」
機体後部にはエンジンの他に操縦に必要なシステムが集まっているので、ここを破壊されるとダメージが大きいのだ。
「やれやれ、こんな満身創痍な機体で飛べってか? 全くヘビーな話だぜ。No.1からNo.3の油圧ライン、 Cut off!」
眉を顰めて誰に言うともなくブチブチ文句を言い、それでも状況を把握しつつ天井パネルに右手を伸ばして油圧システムを全て遮断して作動油の流出を防ぐと共に警報音も強制的に止めてゆく。 油圧が効かないのを承知している以上、無駄な警報音は今後の操縦で邪魔になるからだ。 油圧警報画面は点滅表示から常時点灯に切り替わり、今鳴っている警報音も与圧異常と機体損傷のものだけとなった。
「油圧は死んでも電源は生きてるから、まぁ何とかなるだろ」
大きな脅威である火災が鎮火した事もあり、少しは余裕の出来たほのかは操縦に専念する。 油圧システムが使えない以上、非常用バッテリーで着陸までこなさねばならないからだ。
「非常用電源ON! 操縦システムに接続! ……接続確認!」
これで電動モーターによるラダーやエルロン、高揚力装置(フラップ)などの操作が可能になった。 試しにホイールを右に回してみると、エルロンが正常に作動したらしく右旋回が早くなった。 しかし、油圧に比べて反応速度は著しく低下する。 あくまで、最後の手段、なのだ。 因みに、ラダーやエルロンなどはホイールとワイヤーで繋がれ、途中にある油圧ポンプや電動モーターを介して作動するシステムになっている。 油圧が効かずモーターによるアシストも無い場合、ホイールやラダーを動かす為には最低でも三十キログラム以上の力が必要となり、緊急操作時などは大いに苦労するハメになってしまう。
「さて、非常事態を宣言して、とっとと羽田へ戻るか」
全ての事態に取り敢えず対処し終え、機体のコントロールも何とか掌握したところで、ほのかは普段のペースを取り戻した。 しかも機長の肩書きは伊達では無く、異常発生からここまで二分と経たずに処理し終えていた。 ほのかは管制官に連絡すべく、初めて通信機に右手を伸ばした。
「Mayday, Mayday, Mayday! Tokyo control, Clipper 001, descend to 10 thousand due to decompression! propose return to Haneda.」
無線で非常事態発生と自機の現状を伝える。 同時に、機長席右横にある航空交通管制応答装置(トランスポンダ)の航空機識別番号(スコーク)を7700へと切り替える。 これで航空管制部や各空港、果ては自衛隊から米軍のレーダーサイトでは非常事態を知らせるアラームが鳴り、レーダー画面には赤で自機が点滅示され、この機に非常事態が起きている旨を知らせた事になる。 ほのかは返信を待たず、続けて送信する。
「Tokyo control, Clipper 001.日本語で申し上げます。機内急減圧の為、緊急降下中。No.2エンジン火災によりエンジン一機と全油圧システムがダウン。羽田への緊急着陸とradar vectorをproposeします」
本来、航空管制官との交信は管制用語と英語が基本だが、緊急時や英語でのやり取りが難しい場合には母国語での通信も許されている。 日本人の父とスェーデン人の母を持つほのかは英語も堪能に話せるが、日本人の管制官相手に非常時での尋常ではない早口英語では通じにくい状況――相手が何度も聞き返したり英語に詰まったり――を避ける為、管制用語以外はすぐに理解して貰える日本語で通信したのだ。 日本語に長けたほのかだからこその芸当(?)かもしれない。 果たして、すぐに返信(コールバック)して来た。
「Clipper 001、こちら東京コントロール。状況を了解。緊急事態を宣言しますか?」
「Clipper 001、緊急事態を宣言します。現在、10 thousandに向け緊急降下中。エンジン火災により右エンジンと全油圧システムが完全にダウン。機体も損傷を受けており、現在地から羽田へのレーダー誘導と緊急支援を要請します。現在高度は……Flight level 220を切って降下中。Heading 100、Air speed 585ノット。尚、機体のコントロールは可能、火災も鎮火しています。操縦は可能、火災は鎮火しました」
含み聴かせるように敢えてゆっくり話し、自身の昂ぶりも落ち着かせるほのか。 同時多発のアクシデントを裁く内に、知らず知らずのうちに気が急いていたらしい。 手袋を嵌めた手と背中は既に汗でびっしょり濡れているのが判る。 すると、すぐに管制官から非常事態宣言を了承し、羽田空港までレーダー誘導する旨の返信があった。
「Clipper 001了解。Heading 240, maintain 10thousand. 羽田へ直行します」
復唱し終えるとタイミングを計ったかのように、コクピットにアラームがひとつ、鳴り出した。 事前にセットした高度、一万六千フィートに達したのだ。 ほのかは反射的にスラストレバーへ右手を伸ばし、生き残った左エンジンの出力を離陸推力(テイクオフ・パワー)まで押し進める。
「No.1エンジン、フルスロットル! 機首引き起こし!」
コクピット内にエンジン音が急激に高まる中、ほのかは水平飛行へ移る為に両手でホイールを強く引く。 何しろ、推力は普段の半分しかないし、昇降舵(エレベーター)も電動モーターなので動作が遅い。 もたもたしていたら海面に叩き付けられ、骨も残らず機体もろとも太平洋の藻屑と消えてしまう。
「よし、機首が上がったぞ。左エンジンは正常だ! けど……くっそー、身体が……重いっ。こんなコトなら、もっとダイエットしとくんだった!」
降下率は緩むものの、今度は機体引き起こしによる重力作用で体重の三倍近い重さでシートに押し付けられ、腕を持ち上げるのも容易ではなくなってしまう。 そんな逆境でも、ほのかは歯を食いしばって当て舵を取り、機体を水平に持ってゆく。
「高度一万一千……一万フィート!」
高度計の数値が目まぐるしく流れていたのが余裕で読めるまでの早さになり、目標とする高度で機体沈下がピタリと止まる。 同時に、それまで鳴り響いていた与圧異常の警報音が止む。 酸素マスク無しでも生存できる高度に達したのだ。 しかし与圧警報画面は自動的に消えたものの、機体に穴が開いている(らしい)ので、その警報音は地上に降りるまで止まないし警報画面も点いたままになる。
「ふぅ~。酸欠の脅威は消えたし、やっとまともに呼吸が出来るぜ」
右手で酸素マスクを毟り取ると大きく深呼吸し、それまでの息苦しさを解消させるほのか。 しかし、まだまだ楽観出来る状況では無い。 何しろ通常ではあり得ない甲高い風切り音と砂利道を車で走っているような小刻みな振動が異常発生からずっと続いているのだ。
「まさか……尻尾がもげてる、な~んてコトにはなってないだろうな」
機体の――特に右後方の損傷具合が気になって仕方が無い。 下手したら機体に開いた穴から亀裂が拡がり、最悪、空中分解に繋がるからだ。
「ま、今は機体を降ろす事だけに集中しよう。No.1エンジン、航行最大出力(マキシマム・コンティニュー・パワー)!!」
機体に二つあるエンジンの内、ひとつが止まった今、高度と速度の維持が難しい。 故に、残ったエンジンの推力をテイクオフ・パワーに次ぐ高出力にし、不用意な高度低下と失速を防ぐのだ。 実際、水平飛行に移った事でスピードが少しずつ落ちてゆく。
「脚(車輪)は……出しっ放しにしとこう。下手に仕舞うと着陸する段になって、『あれ、今度は脚降りねぇ』じゃ、シャレにならんからな」
先程は(手動ではあるが)ちゃんと動いたからと言って、次もきちんと作動する保証が無いからだ。
「ヘディング240へright turn!」
ほのかは羽田へ戻るべくホイールを引き気味に右に回転させ、右足でラダーを踏み込み、残った左エンジンの右へ振れる力も借りて機首を反転させる。
(やはり電動モーターだと操縦感覚が重いし遅い。それに……思ったよりも機首が右に振られるな)
機首が目標とする西南西――磁方位二百四十度――を向き掛けた時、ほのかは当て舵と同時に左足を強く踏み込んで方向舵のトリムを取る。 出力を上げたエンジンは機体の左側に付いているので、そのままだと進路が右へ右へと逸れてしまう。 その為に左へ舵を切ってベクトルを相殺して進路を保ち、左足に掛かる力を打ち消した(トリムした)のだ。 同時に機首を少し下げ、これ以上のスピード低下を防ぐ。
「高度一万フィートを維持、ヘディング240、スピード350ノット」
姿勢指示計や速度計、そしてCRT画面でエンジンをモニターしていたほのかは狙い通りの操縦にニヤリとする。 これで、後は羽田へ降りるだけとなった。
「片発飛行なぞ、飛行訓練生時代から何度もやって来たからな。チョロいもんだぜ♪」
管制官に現状――残存燃料と飛行可能時間、搭乗者数を報告し、最優先で羽田への最終進入(ファイナルアプローチ)まで誘導されるほのか。 いつしか窓の外はすっかりと夜の帳が降り、街の灯りが帰還を祝うかのように綺麗に煌めいていた。
「あ~~~、やっと着いたぜ。今回は偉い長かったなぁ」
高度を下げ、進入速度も普段より多目に落として着陸態勢を維持する中、コクピット正面には見慣れた羽田の滑走路灯が目映いばかりに灯り、あと五分もすれば地面を歩ける――と心が先に地上へ降り立ったと思ったら。
――ビー、ビー、ビー、ビー、ビー、ビー、ビー!!――
『Wind shear, Wind shear! Wind shear, Wind shear!』
『Go around, Go around! Go around, Go around!』
満身創痍のフライトに止(とど)めとばかり、コクピットにウィンド・シアを感知した警報音と着陸復航させる人工音声が鳴り響き、ホイールも小刻みに震えだした。 機体は強烈な向かい風に乗せられて機首が持ち上がり、高度が上がると同時に速度が見る間に落ちてゆく。 このままではあっという間に失速し、苦難を乗り越えようやく辿り着いた滑走路で哀れにも墜落してしまう。
「マジかよっ!? ダウンバーストか!? くっそ――――――――っ!!」
完全に油断しきったほのかは髪を振り乱し、口をへの字に曲げ、素っ頓狂な声で目を剥いて叫んでいた。 金髪碧眼の美貌や機長の肩書きも台無しとなる慌て振りだ。 それでも身に染みた訓練の賜物で、ほのかは反射的に行動を起こしていた。
「オートスロットル作動確認! 失速警報(スティック・シェーカー)作動! くそ、やばいっ! マジヤバイっ!!」
血が滲む程に唇を噛み締め、ホイールを下げたい――速度を上げたい――気持ちを強引に抑え込んで小刻みに震え続けるホイールを操り、失速寸前の速度を維持(キープ)する。 右目の隅で、ウィンド・シアの警報音と連動して左側のスラストレバーが自動的に離陸推力位置まで動いてゆくのが見え、コクピットには急激に高まるエンジン音が響く。 しかし実際に推力が出て機体沈下が止まり、その後、機体が上昇し始めるまで数秒の時間差(タイムラグ)がある。 もしもこの間に強烈な下降気流に巻き込まれでもしたら、これまでの奮闘が全て無に帰してしまう。
「上がれ! 上がれっ! こんちくしょーっ! せっかくここまで来たのにっ!」
ここで墜落を防ごうと機首を上げ過ぎると失速し、速度を得ようと機首を下げると今度はダウンバーストの強烈な下降気流によって上昇する間もなく墜落する。 特にこれは離着陸時の速度が遅く高度も低い時にその危険性が高く、ほのかもその罠に嵌ってしまったのだ。 不運にもダウンバーストに遭遇した場合はフル推力のまま速度と高度を維持し、そのまま強風域を抜けるのが正解とされている。 ほのかも身に付いた訓練の賜物でそうした一連の操縦をしているのだった。
(くっそー、機体損傷を防ぐ為に速度落として柔らかく降りようとしたのに……この仕打ちかよっ!!)
着陸速度を最低限まで落としていた事が、今回は完全に仇となってしまった。 高度計は僅か三十フィート(十メートル!)前後を行き来し、速度計も失速寸前の百八ノット(時速二百キロ)を指している(百七ノット――時速百九十八キロで揚力を失い墜落する)。
「抜けろ! 抜けろ! ダウンバーストを早く抜けろ!」
もどかしい位に時間がゆっくりと流れる中(実際は数十秒程度だ)、ほのかは機体が徐々に右に流されている事に気付いた。 ダウンバーストの中心域からずれた位置に飛行機がいると、風下へ押し流されるのだ。 その証拠に機体は左後方からの突風に煽られて左翼を上げ、右翼を下にどんどん右斜め前方へ、そして右下へと傾いてゆく。
「って、ヤバイ! 檄ヤバイッ! このままじゃっ……!!」
コクピット窓の正面右側に、滑走路脇に建つ赤と白に塗られたグライド・スロープ(計器着陸装置の降下を誘導する)アンテナが迫って来た。
「くそっ! 左だ! 左へ!!」
必死な形相でホイールを引きながら左に回し、ラダーも左一杯まで踏み込んで何とかアンテナを回避しようと試みるほのか。 しかし、電動モーターと追い風の所為で機体の反応がいつもと違ってまるで遅い。 しかも左方向への推力を出す右エンジンは火災でとっくに息絶えている。
「早く左へっ! くっそー、どうだっ!?」
それでも、ほのかの願いが通じたのか機体はエンジンパワーが効き始め、沈下が止まると右翼をゆっくり上げ、ゆるゆると左旋回を始めた。
「よし! 何とか回避……」
コクピットの窓からアンテナが猛烈な早さと至近距離で右後方へ逸れたと思った、その瞬間。
――ドガァッ! グヮシャッ!!――
金属を叩き付け、両手でへし折ってそのまま押し潰したかのような禍々しい金属音と猛烈な衝撃がコクピットを襲った。
(あ……やっちまった。右翼にアンテナがぶつかったな、こりゃ)
瞬間的にクラッシュを悟るほのか。 全ての音が消え、全ての感覚も無くなる中、ほのかはコクピットにある、ありとあらゆる警報ランプが一斉に点灯する様子を他人事のように眺めていた。 そして頭の片隅では、今朝、出掛けに見た宏の笑顔と出逢ってからの想い出が走馬灯のように浮かんでは消えていった。
「宏に合わせる顔がねぇや。……宏ぃ、ゴメンな」
ほのかは視界が急転回した直後、洗濯機の中に放り込まれて遥か上空から落とされたかのような凄まじい揺さ振りと地上に激しく叩き付けられる感覚に襲われた――。
☆ ☆ ☆
「ほのかさん、今日は大活躍だったって? 俺も見たかったなー、ほのかさんの操縦テクニック♪」
宏は一緒に風呂に入ったほのかとエアマットの上で背中を流し合い(流し愛♥)ながら、今日の出来事を語り合っていた。 帰宅してから夕食までの僅かな時間と言えど、これはこれで大切な夫婦のスキンシップタイムなのだ。 胡座を掻く宏が微笑みつつ背後のほのかに視線を向けると、素手で夫の背中を洗っていたほのかの眉根が途端に寄る。
「……大活躍? 嫌味か? 嫌味なのかっ!? 全部知ってての嫌味かっ! ……って、宏ぃ、笑い事じゃねぇって」
煌めく金髪をアップに纏め、染みひとつない白い肌を惜しげもなく晒したほのかが立ち膝のまま夫に向かって牙を剥く。 しかし、ソープの滑(ぬめ)りを利用して愛しげに撫で擦っているだけなので、宏からすれば恐くも痛くも無い。
「だって、フライトシミュレータから降りて来たほのかさんの顔は一生忘れられない、って晶姉が……」
「そりゃそうだろうよ! これでもかッ! って位、異常事態を組みやがったからな、あの腹黒女は!」
ほのかが碧眼を細めて眼光鋭く睨む先には、ソフトウェーブにした長い黒髪を結い上げ、カランの前で風呂椅子(スケベ椅子だったりする)に腰掛けて鼻歌交じりに身体を洗っている晶がいた。 ほのかと一緒に帰宅した(茫然自失状態を見かねたらしい)晶も、夕食前の時間節約とばかり、夫との入浴を望んだのだ。 当然、宏には断わる理由なぞこれっぽっちも無いし、むしろ美人妻ツーショットを拝めるので棚からボタ餅だった。
「あら、『事前に打ち合わせた状況では訓練にならないから、非常事態の設定は全部任せる。オレならどんな状況に陥っても鼻歌交じりに片手一本で生還出来る!』って豪語したのはアンタでしょ? あたしは単に、それに従ってフライトシミュレータに各非常事態を入力しただけだわ。急減圧、エンジンの爆発火災、油圧故障に着陸直前のウィンド・シアとか。実際、どれも好くある事よ♪ しかも、アンタはそれらに打ち勝って見事、空港に還って来たじゃない! ……機体は大破したけど」
「え? 大破!? でもさっき、ほのかさん、今日は『ハードランディング』だったって……」
「ほぅ~、『急激で激しい着陸』……ねぇ。モノは言いようだわ。右翼をアンテナに引っ掛けて両方へし折って、そのまま胴体着陸みたく滑走路に落ちて横滑りしながら機体が前後逆になったのに?」
片眉を上げてジト目で揶揄する晶に、ほのかはそれまでの勢いを忘れたかのように口籠もってしまう。
「う゛っ! た、確かに……ギアは三本とも折れてすっ飛んだしエンジンも外れて転がってったし機体も下半分が潰れて……って、文句あっかっ! どんな状況であれ、ちゃんと滑走路に着いただろっ! ……ったくぅ、シミュレーターで使う3D映像もリアル過ぎて考えモンだぜ! お陰で最後の部分は訓練だってコト、頭からすっ飛んでたぜ。しかもシミュレーター降りたら手袋や上着が絞れる程に汗掻いてて、キャプテンシートも水をこぼしたみたいにずっぽし濡れてたし」
己の不甲斐無さを嘆いているのか、はたまたシミュレーターが不満なのか、盛んに口を尖らすほのか。 そんな機長に晶は首を巡らせてクスリと笑い、宏に向かって「訓練結果を人の所為にするなんてパイロットの風上にも置けないわね~」などと声高に笑う。 そんな他人事(ひとごと)のように振る舞う晶に、ほのかは唸り声を上げて振り向く。
「あぁ、お陰様でシミュレーター訓練場での『機体損壊率ゼロパーセント』の座を転がり落ちたよ! 誰かさんの素敵な仕打ちでな!」
憤懣やるかたないとばかり、シャワーヘッドを乱暴に掴むと宏に向け、手荒に泡を流してゆく。
「でも、ほのかの操縦をモニターしてたコ・パイ(同僚の女性副操縦士だそうだ)と副所長(結婚式でお世話になった女性(ひと)だ)は手放しで褒めてたわよ? 『私はウィンド・シアの所で機首を上げ過ぎて失速し墜落させちゃったのに、流石キャプテンです♪』とか、『これなら民間航空会社(エアライン)でも主任機長として喰っていける、某国の戦闘機パイロットもアリかも♪』って」
「う゛っ!? そ、そんなコト言ってたのか、アイツら。シミュレーター降りた時、なんも言って無かったのに……」
ほのかの目の色が穏やかなものへと変わったのを見て取ったのか、晶はウィンクしながら続ける。
「それに、メーカーのテストパイロットも盛んに褒めてたわよ? 『是非、我が社のテストパイロットとして迎えたい! この厳しい条件下では我々でも生還率は好くて一桁台だろう』、って」
首から下を泡塗れにした晶はニコリと笑い、ほのかを真似てサムズアップして曰(のたま)った。
「勿論、あたしも業務報告の中で会長に進言しておいたわよ。我が社のパイロットは世界でナンバーワンの技量を身に付け、メーカーのお墨付きも貰いました、ってね♪」
「ったく、会長秘書さんは人を墜落させたり持ち上げたり……どっちなんだよ」
目を眇めて胡散臭そうに晶を見るほのかだが、ほんのり目元と頬が赤いのは決して風呂場だから……だけでは無い筈だ。 照れ隠しなのか、宏の背中や胸と腰周りをオイルマッサージしている(まさぐっている?)手の動きがせわしくなる。 ほのかは褒められて伸びるタイプなのだ。
「ふふ。ほのかさん、実は嬉しかったりする? 何しろ『奇跡の女神』とか『Queen of flight ……フライトの女王』とか呼ばれて羽田の企業ブースで崇拝されてるって話じゃない。今回の生還で通り名は伊達では無い、って」
「ひ、宏っ! い、一体どこでソレを……って、晶か! 晶が宏にチクったんだな!? ……くっそー、そんな恥ずかしいニックネーム、バラすんじゃねぇよ! ったく、会長秘書だからってシミュレーター訓練に同席させるんじゃ無かったぜ。なぁ、宏。オマエもそう思うだろ?」
「あら? あたしは仕事の一環としてメーカーのテストパイロットのリクエストを受けて案内(ガイド)してただけよ? あたしから同席したい、な~んて言う訳無いわよ。ねぇ、ヒロ?」
仕事の話(だよな?)を突然振られ、宏は苦笑いするしかない。 当の晶は、ニヤニヤ笑いながら長い髪を洗っている。
「俺に聞かれても困るんだけど。……でも、段取り組んでなあなあで訓練するよか、不意打ち喰らった方が記憶に残って身に付く、って好く言うじゃない? 火災や地震の消火避難訓練とか、金融機関での強盗対処訓練……とか」
真面目なコトを言いつつも、身体中を這い回る、柔らかくも温かい手の平の感触に宏はずっと夢見心地だ。 何しろ、ほのかの両手が身体の前(特に股間♥)に来る度に柔らかくも張りのある魅力的な丘が背中に密着し、その頂点で硬く尖ったシロモノが上下左右に動いて宏のツボを突きまくるのだ。 しかも、無毛の下腹部の感触までもが伝わって来るから堪らない。
「宏までそんなコト言うのかよ~。訓練とは言え、命懸けで生還した妻に掛ける言葉じゃねぇなぁ」
「でも、型に填った緩くてぬるい訓練だと、普段のほのかさんなら余裕でこなせるんでしょ? だったら実機では出来無い、危険で困難で無茶苦茶なシチュエーションを経験するからこそ、好い訓練になるし実際でも役立つんじゃない? 何て言うか……危険に対する好い意味での慣れ、とか経験値を得た、みたいな」
すると、我が意を得たり、とばかり晶が満面の笑顔で頷き、エアマット横の湯船に身体を沈めて二人を見上げた。
「ホラッ、ヒロの方がよっぽど訓練の重要性を判ってるじゃない。どっかの色ボケ機長より、ずっと立派だわ♪」
「な゛っ!? ナニ言ってやがる! 訓練の重要度は誰よりも判ってるし、殆ど生還不可能な状態から帰還したのはオレ自身だっ! なのに何でソコまで言われにゃならんのだ!? 第一、色ボケ機長って誰のコトだよっ!」
晶の挑発(本音?)で力が入ったのか、ほのかは振り向き様に宏の股間でそそり立っていた『操縦桿』を力一杯、両手で握り締めてしまう。 しかも、幸か不幸か(絶対に後者だ)雑巾絞りの要領で。 当然、女体の心地好さに心酔しきっていた宏には、不意打ち以外の何者でも無かった。
「う゛ぎゃぁあ゛――――――――――――っっ!!」
屋敷を揺さ振る悲鳴が轟き、股間を両手で押さえたままマットに突っ伏し、口から泡を吹くと全身を痙攣させ悶絶する宏。
「あ、ごめん。つい、力が入っちまったぜ。許せ。ガハハハハハッ!」
身体を丸めて身悶える(苦しむ?)宏には、ほのかの大笑いと晶の哀れむ瞳、そして悲鳴を聞き付けて駆け付けた屋敷の面々から向けられる好奇の目よりも、股間の痛みだけが鮮烈に記憶に残った。
☆ ☆ ☆
「ほ、ほのかさん、そこ、感じ過ぎるから……あまり舌先で刺激しないでっ」
「そこって、ドコだ? ハッキリ言ってくんないと、オレ、判んな~い♥」
自室のベッドで、宏はほのかと仲睦まじく夫婦和合に励んでいた。 ほのかは胡座を掻いた宏の股間に四つん這いで顔を伏せ、そそり立つ勃起肉へ愛情たっぷりなご奉仕の真っ最中だった。
風呂場での凄惨な事件の後、何とか回復した宏は腰を引き気味に夕食と一家団欒をこなすと、早々に自室に引き上げた。 みんなから寄せられる同情や哀れみ(数名は大笑い)の声に、いたたまれなくなったのだ。 と、そこで待っていたのは事件の加害者(?)である、ほのかだった。
「さっきはゴメンな。その……つい、晶の売り言葉、買っちまってさ」
流石に悪いと思ったのか、憂いを帯びた顔のまま頭を下げる金髪碧眼美人。
「だから、今夜はオレが付きっきりで看病してやるからさ。これで許してくれると……嬉しい」
などと殊勝なコトを言いつつも宏の前で両膝を着き、瞳をギラ付かせてハァハァと荒い息遣いで夫のパンツをずり下ろすほのか。 そんなバイタリティー溢れる美人妻に、宏は股間の痛みを忘れて大笑いしてしまう。
「もういいよ、ほのかさん。気にして無いから。それにわざとじゃ無いって判ってるし。でも、夫を辱めた罰として……」
「ば、罰!? ……判った。縛るとか蝋燭とか鞭とか浣腸とか初めてだけど、我慢するから好きにしてくれ!」
「それじゃ、ブラとショーツ、黒パンストを着けたまま縛り上げて梁から吊るす…………んな訳無いでしょっ!!」
ほのかの言葉を受けてノリツッコミする宏。 ボケる事でほのかの憂いを完全に払ったのだ。
「ありゃりゃ、ご当主様は極めてノーマルプレイがお好みのようで。……意外」
ほのかも宏の気遣いが嬉しかったのか、切れ長の碧眼をこれ以上ない位にまで真ん丸に見開いておどけてみせる。 そんな妻に、宏は不満の声を上げる。
「意外……って。俺、隠れSでもベッドヤクザでも無いし! ……ってか、ほのかさん、何だかキャラ変わってない? 墜落のショックでおかしくなった?」
「そ、それを言うなよ~。シミュレーターとは言え、初めて機体全損させて落ち込んでんだから。……でも、宏もノルねぇ~。さすが、オレが見込んだ相棒だ!」
「ほのかさんがノセたんじゃない! でも、本当にもう大丈夫。心配してくれてありがと。だからほのかさん、大好きだよ♥」
「な゛っ!? と、突然、変なコト言ってんじゃねぇよ! オレはただっ……そのっ……まぁ、なんだ! とにかく……今夜はオレが傷を癒してやるからさ♥」
火照った顔を見せまいとしたのか、宏の手を引いてベッドへと強引に誘うほのか。 いつの間に部屋着を脱いだのか、ほのかは純白のローライズショーツだけの姿になっていた。
――身長の半分を占める長い美脚と、無毛の亀裂が薄っすら浮かび上がった蠱惑のデルタ地帯。 細く括れたウェストと、真ん丸のお碗型に盛り上がる程好い大きさのCカップバスト。 長い首と、切れ長の碧眼に鼻筋の通った美顔に、腰まで届く波打つ金髪――
そんな北欧産美女の目映いばかりの肢体に、宏の脳ミソ(と股間)は湯沸器の如く瞬間沸騰する。 ハァハァと荒い呼吸で足下から頭の先まで視姦しつつ、完全勃起した肉棒をこれ見よがしに突き付ける。
「ほのかさん、いつ見ても綺麗だ。ずっと眺めていたい程に」
「眺めるだけか? 勃起したペニス、そのままで好いのか? そ・れ・と・もぉ、こ~んなコト、して欲しく、無いのか?」
夫への癒しなのか己の欲望なのか、舌舐めずりしたほのかは見せ付けるように舌先で亀頭裏を舐め上げた。
「あぁ、ほのかさん! それ、気持ちイイっ!」
夫の褒め言葉とピクピク動く竿の反応に気を好くしたのか、ほのかの激しくも愛情溢れるご奉仕フェラは延々と続けられた。
☆ ☆ ☆
(あ、ここんトコも痣になってる。こりゃ、相当な力で握ってしまったんだな。……って、もしかしてオレ、相当な馬鹿力だったりする?)
心当たりが大いにあるだけに(風呂場でのシーンがフラッシュバックした)、内心、青ざめるほのか。 何せ、片手で目茶苦茶重くなったホイールを動かす事など、フライト中ではざらにあるからだ。 握力を計ったら、もしかしたら成人女性の平均値――三十キロ――はおろか、成人男性の平均値――五十キロ――をも軽く超えて六十キロ位、出るかもしれない。 逆に言えば、これ位の握力がないと、特に非常時は操縦出来無い事になる。
(いやいや、そんなコトよか、今は宏の治療だ!)
赤くクッキリと残った手の跡に舌先をチロチロと這わせ、ほのかは手当するかのように唾液をたっぷり塗り込んでゆく。 浮き出た青黒い血管を尖らせた舌先でなぞり、そのまま亀頭裏の性感ポイントで細かい振動も与える。 陰嚢を転がすように手の平で弄び(前科があるだけに慎重に扱った)、もう片手で竿の根本を扱いて会陰部に指先を這わせる。
「うぅ、這いずり回る舌と指が気持ち好過ぎて……早々に出ちゃいそうだ」
うっとりとした夫の褒め言葉に嬉しくなったほのかは、裏筋を大きく舐め上げると喉奥まで一気に頬張った。 喉奥の深い、ほのかならではのディープ・スロートだ。
「あぁ~、これも気持ちイイ♪ ほのかさんのフェラ、最高~~~♪ 喉奥に亀頭が擦れて……舌が竿を舐め回して……すごく好い♪ 癒されるぅ~~~♪」
ベッドの上で大の字になり、素直に快感を受け入れる宏。 ほのかも濡れた瞳で微笑むと、クロッチが盛大に濡れたショーツを脱ぎ去り、竿を咥えたまま身体を半回転させる。 当然、宏の顔面上には綺麗に剃り上げられた無毛の秘裂が露わになった。 パイパンフェチの夫に悦んで貰おうとする、ほのかなりのお詫び(サービス♥)なのだ。
「それじゃ、俺もほのかさんの濡れたオマンコ、じっくりたっぷり、舐めてあげるね♥」
「いやいや、今夜はオレが全部してやるよ。だから宏はじっとしててイイよ♥」
存分に愛しき男性(ひと)のペニスを舐めしゃぶったほのかは夫の申し出を遠慮し、そのまま膝を進めて肉棒を胎内に収める。 逞しいペニスを味わっている内に、すっかりと受け入れ準備が整っていたのだ。
「……んぁあ、ひ、宏のでかいのが……奥に届いて……相変わらず気持ち好いな、宏のペニスは。硬さと太さもオレ好みで……もう、コレ無しでは生きていけないぜ……んはぁ♥ 宏の開いたカリ首が……オレの気持ち好いトコに当たる♥」
「あぁ、ほのかさんの膣内(なか)、いつ挿(はい)っても気持ちイイ! 竿全体を柔らかく包み込んで……でも亀頭とか締め付けて来て……膣内(なか)でしゃぶられてるみたいだ」
夫の歓びは自分の歓びとばかり、ほのかは背面騎乗のままゆっくりと腰を上下に動かし、回転運動も加える。
――グチョグチョ、ニチャニチャ、タップンタップン――
二人の奏でる粘着質な水音と荒い息遣い、そして甘酸っぱい汗の匂いと官能を奮い立たせる愛液の匂いが混然一体となって部屋に満ちてゆく。 ほのかの腰が激しく螺旋運動し、宏もいつしかほのかの細く括れたウェストに両手を宛がっていた。
「うほっ! ほのかさんに呑まれる! 根本から引っこ抜かれそうだ。あったかくてヌメヌメしてて……もう出そう……ってか、もう出るっ!」
愛情の籠もった献身的なご奉仕に、宏は心身共に蕩けきったまま本当に腰をひと振りもせずにイッてしまう。 それでも射精の瞬間は本能的に腰を突き上げ、膣奥で精を解き放っていた。
「うぁ……熱いのが一杯出て……オレもイクッ! あぁ……勢い好く膣内(なか)に注がれて……子宮に染み込んで来るぅ♥ 乳首痺れて……イクぅッ!!」
自らバストを鷲掴みにし、乳首を捻り出すと強く摘んで宏とアクメを共用するほのか。 全身が小刻みに痙攣し、灼けた鉄棒を胎内に収めたまま盛大に潮を吹き上げてしまう。 片や、宏も腰に掛かる温かく柔らかな重みと煌めく金髪が腹を撫でるこそばゆい感覚に射精が止まらなかった。
「ほのかさん、たっぷり出すよ! お腹一杯、精液注ぐからね♥」
「宏ぃ♥ 宏ぃっ♥」
ほのかは宏に跨ったまま後ろへ倒れ、M字背面の形となった。 そして首を巡らせ、甘く囁く声でおねだりする。
「宏ぃ。キス、してくれよ♥ 宏の射精を感じながら、キスしたい♥」
(もし晶がこの場にいたら、コクピットで指差呼称している時と全然顔と声が違う! と大騒ぎするだろうなぁ)
絶頂の最中に、ふと、そんな事が頭を掠めたほのかだったが、夫のラブコールが意識を呼び戻した。
「ほのかさん、愛してる。好きだよ♥」
「オレもだ。宏を愛する心は誰にも負けないよ♥ だから……今度は宏がバックで……お仕置きしてくれ♥」
「ハイッ、よろこんでっ!」
「……居酒屋じゃねぇっつーの」
ほのかと宏の、熱い夜はまだまだ続く――。
☆ ☆ ☆
「あ、そうだ。オレ、宏に言い忘れてた事があったんだ」
毎度お馴染み、全裸の腕枕スタイルでほのかが今、思い出したとばかり視線を向けて来た。 とことん宏にご奉仕する心意気を示すように、今夜は宏が腕枕をされていた。
「オレ、今度、実機訓練を受ける事になったんだ。下地島で」
「下地島……って、エアラインがタッチアンドゴーとか様々な着陸(アプローチ)方法の練習とかをする下地島? 宮古島のすぐ隣にあって伊良部島と隣接してる、あの下地島? 羽田なんかと同じ滑走路を備えてILSはCATⅢbを完備してる、あの下地島空港?」
「ご名答~♪ 流石、地理が得意で航空ファンだけあって詳しいな♪」
手放しで褒める妻の言葉をスルーし、宏は首をもたげて目の前のハーフ美女を見つめる。
「でも、実機訓練って? ほのかさん、普段から操縦してるのに? 今日みたいなフライトシミュレータじゃダメなの? もしかして操縦免許(ライセンス)の更新とかで必要だとか?」
「まぁ、話を聞け。質問は後から受けるから」
続け様に質問をぶつけてくる夫が余程可笑しかったのか、満面の笑顔になるほのか。 宏の肩に回した手で落ち着けとばかり、何度も軽く叩いて来る。
「今、オレが操縦してるのは『ガルフストリームV(ファイブ)』だけど、今度立ち上げるグループ会社が新規購入した機体が同じシリーズの最新鋭機種で『ガルフストリームG650』なんだ。で、その機長にオレがなるから、昨日メーカーから回送(フェリー)された下ろし立ての機体を使って習熟訓練をする事になったんだ」
「習熟訓練? 通常訓練とは違うの?」
二つの違いがイマイチ判らない宏は首を捻る。
「簡単に言うと、操縦システムが従来よか飛躍的に進化したから身をもって使いこなせ、って事だ。実機訓練以外に座学も結構やるし。まぁ、黒電話しか知らないヤツが衛星携帯電話の使い方を覚えろ、って感じかな?」
「ほ、ほのかさん……それ、極端過ぎない?」
「いやいや、電子機器なんて日進月歩だぜ? 今度の新機種には赤外線カメラで捉えた地形をヘッドアップディスプレイに映しながら操縦する装置が標準装備されてるんだからな。……まぁ、軍用機器が民間機にも搭載される時代、ってコトなんだけどな。今日のシミュレーター訓練も、実はその一環だったんだ。機体を届けたメーカーのテストパイロットがいたのも、下地島での教官役でもあるからさ」
「でも、それだったら東京にいてシミュレーターで代用……」
「あはは! シミュレーターはあくまでリアルを真似ただけの高価なオモチャだ。実機のホイールに伝わる風の手応えや機体から伝わる微妙な感触には到底及ばんよ。これだったらバイブとかオナホの方がよっぽど実用的だぜ♪」
ウィンクしながら大口開けて豪快に笑い、サムズアップまでするほのか。
「ひ、ひとつ数億円もするフライトシミュレータが、ひとつ数百円から買える大人のおもちゃより劣るって……」
年頃(?)の女性パイロットとは到底思えない考え方と下ネタに、暫し呆然とする宏。
「だから、ペアで飛ぶコ・パイと一緒に来週からひと月程、下地島に泊まり込みだ。……ん? 待てよ? 女同士、下地島で飛行訓練……か。『天体危機管理機構・下地島基地』……なんちって♪」
「……ほのかさん、それ、マニアック過ぎ~。知ってる人、少ないんじゃ……」
「好いだろ! 好きなんだからっ」
ガオッ、と吠えるほのかの可愛らしさに宏は思わず笑ってしまうが、さっきから話が途中でエロくなったりマニアックな方向へ傾いたりするのは如何なものかと思う。 どうやら濃厚なスキンシップの後なので若干(かなり?)、頭のネジが緩くなっているようだ。
(まぁ、天真爛漫なほのかさんらしい……と言っちゃえば、それまでだけど)
と、ここで宏はハタと気付いた。
「……って、あれ? 待てよ!?」
ほのかの話を反芻した宏は、見る間に顔面蒼白となった。
(つづく)
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