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ライトHノベルの部屋
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~ラブラブハーレムの世界へようこそ♪~
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恋路(5)
恋路(5)
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美姉妹といっしょ♪~新婚編
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真奈美の誕生日宴会を成功裏に収め、丸二週間に亘るお盆休みが残り数日となった、とある日の夜。
――パンパンパンッ! グチュグチュ、ニチャニチャ、グチョグチョッ!――
宏の実家の二階にはリズミカルに肌と肌を打ち付ける乾いた音と粘着質な水音が響き、六畳間にたむろする十一人の肌に汗の匂いと淫臭が熱気と共に纏わり付いていた。
「た、多恵子さん! 俺もそろそろ――」
「は、はいぃっ! い、いつでも……お好きな時にッ……射精(だ)して下さいぃいいっ!!」
胡座を掻いた宏が多恵子の豊かな膨らみを手の平で揉みしだきつつ訴えると、その宏に正面から抱き付き全身で密着している多恵子は声を裏返らせ途切れ途切れに承諾する。 多恵子は屹立した桜色の乳首を指の股で挟まれつつ扱かれ、オマケに大きく割り開かれた淫裂やその先にある菊座も抽挿に合わせて指先で擦られ続けているので息も絶え絶えなのだ。
「わ、わたくし、乳首を摘まれ膣奥(おく)を突かれる度に何度もイッて……アクメが止まりませんのぉっ!」
半ば白目を剥き、口の端からは絶えず涎が噴き零して宏の突き上げに完全に身を任せている多恵子。 アップに纏めていた艶やかな黒髪はすっかりと解けて自身の腰を激しく撫で擦り、一部は宏の背中や脇腹にも張り付いている。 二人の身体は滴り落ちる汗で部屋の灯りを妖しく反射させるまでに濡れ光っていた。
「くっ!? 多恵子さんがチンポ全体に喰い付いて……そ、そんなに腰を押し付けたらッ……!」
「ひ、宏さんとのまぐわいがっ……気持ち好過ぎてッ……身体が勝手にッ……!」
宏が腰を突き上げる度に、多恵子自身も円を描くように無毛の股間を蠢かせていたのだ。 どうやら、すっかりと剥けきった紅真珠を夫の恥丘へ押し付けている事に自分でも気付いてないらしい。
「多恵子さんのプックリしたお豆のコリコリ感がいやらし過ぎて……だ、射精(だ)します! もう……い、イック!!」
「は、はひぃいいいいいいいっ!!」
柔らかくもペニス全体を万遍無く締め付ける膣肉に根負けした宏は、我慢に我慢を重ねた渾身の一撃を多恵子に見舞う。
――どびゅ~~~~っ!! どぴゅぴゅぴゅっ! どっくんどっくんっ! ……ぴゅるるっ!――
「――――――――――――っ!!」
淫洞を押し広げたまま子宮口に勢い好く熱い精液を撃ち込み、完全に止(とど)めを刺す宏。 多恵子はその衝撃に言葉にならない叫びを上げ、背中を大きく仰け反らせた。 腰や首に回された足や腕に力が籠もり、見ると内腿や下腹部を細かく痙攣させてもいる。
「くっ! 膣内(なか)が締まって蠢いてる! 子宮口が亀頭に喰い付いてるっ」
宏も小柄な多恵子をきつく抱き締めたまま腰を押し付け、多少は薄くなったものの大量の精液をこれでもかと注ぎ込む。
「し、搾り取られて……射精が止まらないっ! 多恵子さんが吸い付いて……全部吸われてるっ!!」
目の前が暗くなって気が遠くなる程の射精感に身を震わせ、宏は愛しき女性(ひと)をギュッと抱き締めた。 小柄な体格ながらも温かくて柔らかい肢体に、焼き切れる寸前の機関砲は未練たらしく残弾を撃ち続ける。
「多恵子さん……多恵子さん♥」
「はぁあ~~~、宏さんが膣内(なか)でビクビク脈打ってます♥ わたくしの子宮が宏さんの精液をゴクゴク呑んで……宏さんの溢れんばかりの情熱が……わたくしを包み込んでます♥」
全身で密着しているので、お互いのちょっとした蠢きが手に取るように判るのだ。
「多恵子さん、愛してます♥」
「宏さん♥ わたくしこそ愛してますわ♥」
薄れゆく脈動そのままに呼吸を落ち着かせるよう何度も唇を貪り合う宏と多恵子。 ゆっくり深く舌を絡め合う濃厚なキスに、しかし宏の勃起は収まらない。
「まぁ♥ 宏さんったら、まだまだ『ご健在』、ですわね。溢れる程戴いたのに、わたくしの膣内(なか)でピクピク蠢いていますわ」
「あ、いや、そりゃ妖艶な多恵子さんをこうして抱いているんですから興奮もしますって」
「うふふ♪ 女冥利に尽きますわ♥」
無意識なのだろう、多恵子は首に回した腕に力を籠めると目元を朱(あか)く染めつつ濡れた瞳を向けて来た。 その余りな妖艶さは年相応……と言ったら怒られそうだが、二十代半ばの晶や若菜には無いエロチシズムを湛えているのだ。
「俺こそ、多恵子さんのような美女を心置き無く抱けて男冥利に尽きると言うものです」
「まぁ! 美女だなんて……三十八にもなる女を掴まえてお上手ですこと♪ でも、そう言って戴けて嬉しいですわ♥」
額と額をくっつけ、互いに上目遣いで見つめ合う宏と多恵子。 そんなイチャラブの極み(?)の二人に、宏の背中にずっと張り付いて硬く尖った乳首を押し付けていた真奈美がニコリと笑った。
「愛のあるセックスって、何度見ても素敵~♥」
☆ ☆ ☆
(真奈美さんったら……面と向かって言われると恥ずかしいですわ)
くすぐったい想いのまま愛しき夫の肩に顎を載せて抱き合い、肌の触れ合う感触に浸っていると。
「多恵子さん、少しは緊張解けましたか? 明日のお墓参りが近付くにつれて、なんとなく笑顔が硬くなっていくのが気になってて……エッチで誤魔化す俺も、考え無しで申し訳無いんですが」
再び額をくっつけ合い(愛)、歳下の夫が済まなそうに視線を向けて来た。 どうやら明日への気負いが無意識に表情に出てしまっていたらしい。
「宏さん、お気遣い感謝致します。わたくしは大丈夫です。今夜は存分に可愛がって戴いたお陰で、随分癒されましたわ」
多恵子は心の底から感謝と満面の笑顔を夫に向けた。 言われれば、ここ数日、どことなく心あらずだったのは否めない。 そんな自分を、愛情たっぷりに慰めてくれたお陰で気が楽になったのも確かだ。
「いえいえ、俺に出来る事と言ったら、これ位しかありませんし」
言いつつ、宏は未だ膣内で滾っている肉棒を小さく突き上げて来た。
「あんっ♥ す、凄いですわね。九人の奥方に等しく注がれた後だと言うのに、まだこんなに硬いだなんて」
「俺は……俺達は多恵子さんの心が完全に晴れるまで付き合いますから。多恵子さんの心配事は俺達の心配事でもあるんです。だったら協力して解消すれば好いだけじゃありませんか」
ニコリと笑い、愛しき夫は軽い口付けも贈って来る。
「宏さんったら……その想いが嬉しいですわ♥ あぁ……わたくしは果報者です!」
愛しき夫の唇の温もりと胎内を熱く押し広げる存在感に、多恵子の心は完全に蕩けてしまった。
(こんなにも想われ、深く愛されているのが実感出来るとは……何て素晴らしい事なんでしょう!)
きつく抱き締め、極自然にディープなキスを返していると。
「ちぇ~。お母さんばっか二回も貰ってずるい~」
「お姉ちゃん、こればかりは大人の事情が絡むから美優樹達子供には手出し出来無いわ」
娘である飛鳥と美優樹の、声を顰めたやり取りが耳に届いた。 どうやら今夜の一番槍と槍収め(犯(や)り納め?)の恩恵に与った母親が羨ましく映ったらしい。
(うふふ♪ 宏さんのご配慮に感謝ですわ♥)
などと、女の優越感に浸っていたら、長女の飛鳥から信じられないひと言が飛び出した。
「大人の事情? まぁ、今の宏先輩とお母さんは、まさに大人の『情事』、してる最中だからね」
「「「「……………………あははははっ!!」」」」
一瞬の静寂後、宏の部屋に爆笑の渦が沸き起こった。 これまでの濃厚濃密なエッチぃ空気が、瞬く間に振り払われてしまう程だ。
「あ、あ、あ、飛鳥ちゃんに座布団二枚~っ!!」
全裸のほのかがお腹を抱えたまま布団の上を転げ回り、他の面々も大きく破顔して笑い声を上げる。 この場面だけ見ると、淫靡で妖艶なハ~レムエッチの最中だったとは到底思えないシーンだ。
「え? な、何でみんなして笑ってんの? 私、何かヘンなコト、言った?」
訳も判らずひとりきょとんとする飛鳥に、妹である美優樹が眉根に深い縦皺を刻み、こめかみを押さえつつ眼光鋭く突っ込んだ。
「お姉ちゃん! 『情事』は夫婦間には使わない言葉! ってか、宏さんに使っちゃダメッ! んもう~、ヘンなトコで知ったかぶりするんだから!」
「え!? そ、そうなの? 私、てっきりエッチする事を情事と言うんかと思ってた」
そんな目を丸くする飛鳥に、瞳に涙を浮かべた現役国語教師の夏穂が肩をポンポンと叩いた。
「あのね、『情事』は不倫してる男女に言う言葉なの。ま、宏クンと姉さんの組合せを見て即座に『援交』と言わないだけ褒めてあげるわ♪」
「うぷぷぷっ! た、確かに多恵子さんの若々しさは反則ですもんね」
夏穂は笑い過ぎて浮かんだ涙を掬い取り、必死に笑いを堪えプルプル震えている千恵が抱き合う宏と多恵子を見て破顔する。 そんな姦しい(?)面々を横目に、多恵子の瞳に宏の視線が真っ直ぐ飛び込んで来た。
「多恵子さん、明日は俺がずっと隣にいますから気を楽にして下さいね」
愛する男性(ひと)からの一途な想いが嬉しい。 多恵子は相好を崩し、宏の頬に頬を重ねた。
「宏さん♥ ありがとうございます。……それでは、明日の朝までこのままでいさせて下さいまし♥」
首に回した腕に力を籠め、愛しき男性(ひと)に縋り付く多恵子。 裸の胸同士がより密着し、相手の優しい鼓動がより一層、伝わって来る。
「好いですよ。夜も更けましたし、今夜はこうして抱き締めたまま眠りましょうか」
宏はゆっくりと後ろに倒れ、多恵子は宏の上に被さる形となった。 小柄で体重の軽い多恵子だからこその姿勢だ。 そこへ、今夜は切りが付いたとばかり、筆頭妻の晶が薄い掛け布団片手に近寄って来た。
「それじゃ、今夜はこのまま寝ましょうか。明日もドタバタしそうだし、英気を養うのも必要よ」
「……特にヒロクン。連日連夜十人相手に十回以上射精(だ)しているから睡眠はより大事。ボクの胸を枕にして眠ると好い♥」
晶が宏の右隣にさも当然とばかり横たわり、その姉に続いた優が頬を染めつつ宏の頭をそっと掻き抱いて横たわる……と。
「あ~~~、晶姉さんと優姉さんが抜け駆けしてる~! 私も腕枕、されたいの~!」
「ゆ、優さん! オッパイ枕するなら、Cカップの優さんよかDカップのあたいが適任かと!」
「こらこら、ウチの胸もDカップなんだけどなー。ここはひとつ、恩師の熟れた枕で寝るのがオツでしょうに♪」
晶と優の双子姉妹の所業を黙って見ている面々では無かった。 全裸のまま若菜が素早い動きで宏の左隣に収まり、千恵は宏と優の隙間に身体ごと割り込み、夏穂がその上から覆い被さる。 宏の頭は前後上下左右からオッパイサンドされている状態となった。 オマケに。
「――って、オマエらも飽きねぇなぁ。そんな群がったら宏が安眠出来んだろうが。……オレは多恵子さんと晶の隙間に入ろうっと♪」
「あらら……私達、完全に出遅れたわね。なら、私は宏君の右足を抱いて眠るわ♪」
「あ! だ、だったら私は左足を……!」
「あ、お姉ちゃん、ズルい! 美優樹が宏さんに抱き付く場所、もう無いじゃない! ……だったら好いわ。美優樹は宏さんの両足の間で眠るから」
ほのか、真奈美、飛鳥、美優樹が強引に裸の肢体を押し込んでゆく。
「おいおい、俺の意志は?」
CカップやらDカップの双丘に顔面を包まれ全身が温かく柔らかな肉布団で覆われた宏に、正面から抱き合い下半身で繋がったままの多恵子がクスリと笑ってひと言。
「宏さん、モテモテですわね。これでこそ、わたくしの愛するお方、そして生涯を捧げるのに相応しいお方ですわ♥」
多恵子は頬を朱(あか)く染め、愛しげに宏の胸に何度も頬擦りするのだった――。
☆ ☆ ☆
「お義父(とう)様、お義母(かあ)様、ご無沙汰しておりました」
「正月はご挨拶だけで早々においとまし、済みませんでした」
雲ひとつ無い青空の下、強烈な陽射しと蝉時雨が容赦無く降り注ぐ中で、純白の半袖ワンピースを纏った多恵子はポロシャツにスラックス姿の宏と一緒に深々と頭(こうべ)を垂れる。 すると、苦笑い気味に張りのある野太い声と落ち着いた口調の澄んだ声がすぐに掛けられた。
「いや、宏さん。気にせんでくれ。我々は過去の人間だからな。ささ、頭を上げてくれ。それでは話しも出来ん」
「そうですよ。多恵子さんも新たな人生を歩み出したばかり。わたし達に気遣いは無用です」
多恵子達の目の前には、共に白髪が目立つものの腰は真っ直ぐに伸び、見た目は齢(よわい)を全く感じさせない和装の夫婦がにこやかな笑みを浮かべて佇んでいた。
「「恐れ入ります」」
多恵子と宏は頭を小さく下げ、謝意を伝えた――。
宏達十一人は実家からローカル線に揺られる事三十分、県庁所在地の一角にある柳堀通り(やなぎぼりどおり)に来ていた。 ここは江戸の昔から幾つものお寺と墓地がひしめき合う区域で、市民の一大墓所となっている場所でもある。 今日はお盆の最中だけあって、そこかしこのお墓から立ち昇る線香の煙とお供えの花の香りが周囲に漂い、セミが大合唱する声とお墓参りする人の声、そして読経の声が入り混じって宏達に届いてゆく。 そんな墓地のとある墓前で、多恵子は宏と共に二人のご老体と対面し挨拶を交わしていた。
「お義父(とう)様もお義母(かあ)様も、お元気そうで何よりです」
心底安堵したような多恵子がそう呼ぶ二人は、今は亡き夫の両親であり、多恵子にとっては未亡人となって籍を戻すまで舅と姑に当たった人なのだ。 多恵子は毎年欠かさず訪れていた亡夫の墓参りに、今年は一家全員で来ていたのだった。
「うむ。年老いたとは言え、老け込むにはまだまだ早いしな。まぁ、それよりも……」
口上を述べる多恵子に向かって、男性のご老体が笑い声を上げる。 その視線の先には、宏の手を無意識に握る多恵子の姿が映っていた。
「多恵子さんは好き良人(おっと)に巡り逢えたようだの」
全てを見透かすような真っ直ぐな視線に多恵子は小さく頷き、そして宏を見上げながら大きく胸を張った。
「はい! お陰様でわたくしはとても幸せに過ごさせて戴いております」
言いつつ、宏の腕をそっと取る多恵子に、傍らに佇んでいた老婦人は満足気に笑みを零した。
「善哉、善哉。あの子もきっと、空の上から安心している事でしょう」
雲ひとつ無い青空をそっと見上げる老婦人の瞳はあくまで透き通り、そして優しさに満ち溢れているのが誰の目からも判った。
「お義父(とう)様、お義母(かあ)様、孫の飛鳥と美優樹です」
最初の挨拶も済み、多恵子は一歩横にずれて後ろで控えていた二人の娘の背中をそっと押す。
「お爺ちゃん、お婆ちゃん、お久し振りです」
「お爺ちゃん、お婆ちゃん、ご無沙汰です」
黒のヘッドドレスを頭に載せ、こちらも黒のゴスロリドレスを纏った美優樹が恭しく頭を下げると、白の半袖シャツに真っ赤なミニスカと黒のオーバーニーソックス姿の飛鳥も慌てて頭を下げる。 飛鳥と美優樹にとって二人のご老体は正真正銘、父方の祖父母に当たるのだ。
「飛鳥は今年の秋に二十歳(はたち)に、美優樹は冬に十七歳になります。そしてこの九月から、どちらも女子大の二年生になりますの。因みに、今年の九月から新学年になるのは国際基準に合わせての措置、だそうですの」
娘の現状を伝える多恵子にとって、目の前の老夫婦は亡き夫と死別してからは直接の関係は途絶えている。 しかし、飛鳥と美優樹には亡夫の血が流れている以上、父方の祖父母としての関係が今も続いているのだ。 と、元・舅は視線をやや逸らしつつも大きく頷いた。
「うむ……飛鳥も美優樹も、去年逢った時よりもずっと綺麗になった。宏さんと結婚したお陰、だな」
「ふふ。お父さんったら、久し振りに孫に逢ったものだから照れているのよ。ぶっきらぼうなのは赦してね」
軽やかに笑う老婦人のフォローが、それまで張り詰めていた空気――緊張感をスッと緩めた。 宏と飛鳥、美優樹の背後に控えていた七人の奥方も一斉に微笑んだのだ。 その中には多少、縁のある者もいる訳で。
「えっと……お義父(とう)さん、お義母(かあ)さん、お久し振りです」
妹の夏穂がぎこちなく元・舅と姑に目礼する。
「夏穂さんか! こりゃまた随分と……見違えたぞ。何と言うか……女性として円熟味を増したと言うか……艶やかになったというか……写真も余り当てにならんのぅ」
「ほんにまぁ! これも宏さんと結ばれたお陰、ですかねぇ」
二人共、妹の変化に驚いている。 妹も元・舅の率直な感想に苦笑しつつも、寄せられる言葉を素直に受け取っているのが微笑ましい。
(そうでしょうね。夏穂ちゃんとお義父(とう)様達が直に顔を合わせたのは……いつ振りだったかしら?)
亡夫に嫁いでからも妹と舅や姑は殆ど顔を合わせなかったから余計に違いが判るのだろう、元・舅と姑は皺の増えた両目を大きく見開いている。
「お義父(とう)様、お義母(かあ)様、こちらの方々が宏さんの奥方達です。左端から筆頭妻の……」
一歩下がった多恵子は夫を共にする六人の奥方を順に紹介してゆく。 晶達にとって、多恵子の亡夫の両親との対面はこれが初めてになるからだ。 各自、短くも丁寧な挨拶が交わされ、ひと通り対面の儀が済んだ所で。
「さて、堅苦しい挨拶も済んだし、丁度、坊さんもいらっしゃったから、とっとと読経を済ませてしまおうか。流石に炎天下に長時間晒されると、私がこのままこの墓に入りかねんからな。あっはっはっは!」
息子が眠る墓石をコンコンと叩いて元・舅が軽いジョーク(?)を飛ばすも、他の面々は瞬時にフリーズした――。
亡夫への墓参りも済み、残すは解散、となったところで。
「多恵子さん。多恵子さんは既に宏さんに嫁ぎ、孫の飛鳥と美優樹と共に新たなる人生を歩んでおる。息子はとうの昔に死に、多恵子さんとの縁もその時に切れておる。だから多恵子さん。息子の墓参りは今回で最後にしてくれんか。でないと、息子はいつまで経っても浮かばれん気がするのだ」
「わたしもそう思うの。多恵子さん、今日までの十数年間、毎年欠かさずあの子の為にお墓参りして貰って本当に感謝してるわ。だけどそれは今回でお終い。死んだあの子やわたし達にいつまでも縛られ囚われ続けていてはダメ。これはわたし達からの最後のお願いよ」
「毎年お盆の時期が近付くと息子が夢枕に立つんじゃ。『いつまでも俺に構うな、自分の人生を歩め』、とな」
「!! お、お義父(とう)様!? お義母(かあ)様!?」
舅として、そして姑として慕っていた人物からの宣言に大きく目を見開き、唇を震わせる多恵子。 しかし心乱れたのは極僅かな時間だっただろうか、多恵子は自分の手を握り締めてゆっくりと語り出した。
「わたくし、毎年こちらに訪れる度に、お義父(とう)様やお義母(かあ)様から、いつかそう言われるのではないか、と覚悟しておりました。でもいざ言われると……やはり動揺しますわね。これまで築き上げたご縁が完全に途絶えるようで……」
「多恵子さんはひとつも悪くない。貴女を残して早々に逝った息子が全て悪いのだ。だから気にする必要は無い……と言っても、何の慰めにもならんか」
「だから多恵子さん。息子のお墓参りはもうしなくて結構よ。ただ、時々で好いから孫の……飛鳥と美優樹の様子を手紙や電話でわたし達に知らせて貰えれば好いから。ね」
「お義父(とう)様……お義母(かあ)様……」
元・舅と姑の切なる想いがひしひしと伝わり、多恵子は声を詰まらせ唇を噛み締める。 二人の笑顔が徐々に涙でぼやけ、ついには目頭を押さえてしまう。
「多恵子さんは多恵子さんの人生を歩む事が息子の願いなのだ。だからどうか、息子の遺志を汲み取ってやってはくれんか」
度重なる元・舅からの願いに、多恵子は大きく息を吐いてから目元を拭った。
「お義父(とう)様 お義母(かあ)様。わたくしは恐かったのかもしれません。春先にあの人の遺品をお返しし、気持ちの整理を完全に着けました。しかし、お墓参りまで止(や)めてしまったら……あの人と過ごした年月(としつき)すら全て無かった事のように思えてしまいそうで……」
言葉を詰まらせ俯くも、顔を上げるとキッパリと言い切った。
「だからと言って、先の結婚を否定する気は毛頭ございません。宏さんと出逢い、こちらの皆様と日々暮らしてゆくうちに、今この時を生きる為に生まれたのかと思える程に充実し、昔の出来事が刻(とき)の波に埋まってゆきますの」
無意識なのだろう、多恵子は隣でずっと寄り添っている宏を見上げた。 その表情――僅かに目元を朱(あか)く染めて微笑んだ――を見た老夫婦は、納得したように笑みを零した。
「うむ、それはそれで致し方あるまい。それが生き残った人間の性(さが)だからな。供養は我々だけで充分だ」
「それで好いのよ。貴女は日々生きているのだから、目の前にいる人との時間を大切にしてね」
元・舅と姑は笑顔で肯定してくれる。
「最後にひとつ聞きたいのだが……宜しいか?」
「はい。何なりと仰って下さい」
「多恵子さんは今、幸せか?」
真っ直ぐ見つめて来る元・舅と姑の視線が心なしか笑っているようにも思えたのは……気のせい、だろうか。 それでも答えは最初(はな)から決まっているので、迷う事無く堂々と自信を持って言葉にする。
「お義父(とう)様、お義母(かあ)様。わたくしは三国一の幸せ者です!」
多恵子の澄み切ったアルトの声が周囲の墓石に跳ね返り、その場にいる全員の耳に強く届くとそのまま天に昇って溶けてゆく。
「あっはっはっはっ! 聞くだけ野暮だったようだな。息子も空の上で苦笑いしておるのが見えるようだ」
「ほんにお父さんは……多恵子さんをからかってはいけませんねぇ」
「まぁ! お義父(とう)様ったら……相変わらずお茶目ですこと!」
老夫婦と多恵子のくだけたやり取りに場の空気が温かく、そして柔らかくなる。
「「ふぅ~」」
同時に、後ろで見守っていた晶達からも安堵の息が漏れる。 どうやら固唾を呑んで自分達のやり取りを聞き入っていたらしい。
「あの……」
と、ここで美優樹が遠慮がちに一歩前に進み出た。
「お母さんとお爺ちゃん達の今後は理解しました。それでは美優樹達はどうすれば好いのでしょう」
両手を握り祈るようなポーズで不安気に訴える美優樹に、眉を八の字に下げた泣き顔の飛鳥も一歩進み出た。
「お爺ちゃんは、いつまで経ってもお爺ちゃんで好いんだよね? ずっとお爺ちゃんって呼んでも好いんだよね!?」
そんな二人に、元・舅と姑は相好を崩して二人の孫に歩み寄る。 慰めるように腕を軽く叩き、穏やかな口調で長身の孫を見上げた。
「うむ。たとえ息子と多恵子さんの縁が途切れてしまった今でも、孫は孫じゃ。我々の血が確実に受け継がれておるからな」
元・舅の優しい笑顔を、泣き笑いの顔でいつまでも見つめる飛鳥。 その切れ長の瞳には、薄っすらと光るものが浮かんでもいる。
「お婆ちゃん、美優樹もずっとお婆ちゃんって呼んでも好いですか?」
「勿論よ。貴女にもわたしの血が流れているのだから。それにしても、ほんに飛鳥ちゃんは素直で好い娘ね。以前は視線を合わせる事が少なかったけれど、今や落ち着いた素敵な女性になっているわね。美優樹ちゃんも、以前よりもずっと表情が柔らかくなっているわ。これも好い男性(ひと)と出逢えて結ばれ、素晴らしい奥方達と共に過ごしているお陰ね」
涙ぐんでいる美優樹の手を、元・姑がそっと握る。
「お婆ちゃん……ありがとうございます。美優樹は宏さんと結婚出来て幸せです! そして素敵な先輩奥さん達に囲まれて幸せです!」
祖父母と孫の心温まるシーンに若菜と真奈美は滂沱と涙し、晶と優、千恵はそっと目頭を拭い、ほのかは天を仰いだままゴシゴシと乱暴に腕で目を擦っている。
「ほんに、宏さんは好い嫁達に恵まれたのぅ。私もあやかりたいぞ」
「……お父さん? わたしの存在をお忘れですか?」
「あ! いや、そう言う訳では! と、ともかく、宏さん! 多恵子さんと孫達を宜しく頼む。誰の代わりでもない、君自身が支えとなり守ってやってくれんか」
「宜しくお願いしますね」
老夫婦が宏に深々と頭を下げると、宏も応えて胸を張る。
「はい! お任せ下さい!」
余りの自信過剰振りに、老夫婦に笑みが零れる。
「うふふふ」
「あはははっ」
笑いの花が咲く一同を横目に、多恵子はずっと寄り添ってくれていた男性(ひと)に擦り寄った。
「宏さん。わたくしは宏さんと皆様に巡り逢えて本当に幸せですわ」
多恵子は、こちらも照れている夫の腕をそっと、しかし決して離さぬとばかり、きつく胸に掻き抱いた――。
☆ ☆ ☆
「父さん、母さん、宏クンが来たよ~♪」
先頭を切って玄関を開けた夏穂の弾む声が二階建ての日本家屋に響く。 宏達一行は多恵子の亡夫の墓参りを済ませると、その足で同じ市内にある多恵子と夏穂姉妹の実家を訪れていた。 こちらは姉妹の両親にして飛鳥と美優樹には母方の祖父母の家になり、宏や晶達にとっても義理の父母――つまりは舅と姑の家に当たるので帰省した以上、無下に出来無いのだ。
「お義父(とう)さん、お義母(かあ)さん、ただいま帰り――」
横に立つ夫が畏まり、満面の笑みで出迎えた両親に帰省の挨拶をしようと腰を曲げたら。
「あぁ、好いから好いから! 堅苦しい口上は無用だ。気楽にいこう、気楽に! ここは自分の家だと思ってくれ」
父親が慌てたように宏の肩を叩き、続く言葉を強引に遮った。
「ワシは堅苦しく型に嵌ったのは嫌いでの。身内なら尚更じゃ! がははははっ! ささ、上がってくれ!」
白い口髭と顎髭を揺らし豪快に笑う父親に、娘である夏穂はやれやれと言った感じで首を横に振る。
「父さん、相変わらず大雑把ね。せっかく義理の息子が嫁さん達を連れて来たんだから、帰省の風景位、再現させなさいよ」
「そうですよ。せっかくホームドラマみたく帰省シーンを味わいたかったのに」
苦笑いを浮かべる娘とその母親だが、テンションの高い父親は全く耳を貸さない。
「何を言う! ワシは堅苦しく――」
「あ――――――はいはい! 判ったからそう何度も繰り返さない! ったく、まだ七十前だってのに、もうボケたのかしら? ねぇ、みんなどう思う?」
今度は夏穂が手を翳して父親の台詞を強引に封じる。 しかも際どい台詞で同意を求めるものだから、宏達七人(晶、優、ほのか、真奈美、千恵、若菜)は、どう反応して好いのか判らず、戸惑った表情を浮かべつつ互いに視線を交わし合うしかない。
(まぁ、無反応なのは仕方無いか。何せ、今年の正月に帰省した時に初めて逢っただけなのだから、どう接して好いか判らないわよねぇ)
そんな固まっている七人に、母親が一同を客間に上げると姉の多恵子と共に座卓に次々と料理を運び始めた。 どうやら数々の御馳走を作って、手ぐすね引いて待ち構えていたようだ。
(ま、今日は実家(ここ)で夕食を摂るからね、って言ってあったから、母さん朝から随分と張り切ったみたいね)
夏穂は嬉しそうに宏達と話している母親に感謝し、冷やしたグラスにビールやソフトドリンクなどを次々と冷蔵庫から引っ張り出しては座卓に並べてゆく。
「では乾杯じゃ!」
「「「か、乾杯~」」」
目の前に置かれたグラスを真っ先に手にするや、既に御機嫌な父親の音頭で夕餉が始まった。 床柱を背に宏と父親が並んで座り、奥さん達が座卓を囲む形となっている。 夏穂が料理を並べ終え宏の隣に腰を下ろすと、下座(しもざ)に座る姉が父親に視線を向けながら宏達に先の説明をしているところだった。
「お父様は家族以外に厳しいけど、身内にはとてもフレンドリーなの。だから宏さんのお屋敷にいるつもりでフランクに接して下さいね。その方がお父様も悦びますから」
「はぁ。まぁ、多恵子さんやお義父(とう)さんがそう仰るなら……いつも通りにしようか、みんな?」
普段とは違う弱気なご当主に夏穂はなみなみとビールを注ぎつつ、声を上げて笑ってしまった。
「あはは! 宏クンってば、こんな時は大人しくなるのね。いつもは夜な夜なウチ等をヒ~ヒ~言わせてるのに――」
「夏穂ちゃん!」
「夏穂姉さん!」
「夏穂お姉さん!」
眉と目尻を吊り上げた多恵子、飛鳥、美優樹の声(怒号?)が夏穂の台詞を瞬時に打ち消した。
「んもう~、夏穂姉さんってば弾け過ぎ! 暴露される私達の身になってよ!」
「夏穂お姉さん。いくら里帰りしたからって自重してくれないと困るんだけど」
姪の飛鳥と美優樹から鋭い眼光で突っ込まれてしまった。 オマケに、こめかみをピクピクさせているニコ目の姉さんからも……。
「夏穂ちゃん? 余りお父様とお母様に要らぬコト、言わないでくれると助かるのだけれど?」
妙~に眇めた瞳で睨まれてしまった。 いくら気の置けない両親と言えど、自分達の(しかも夜の!)夫婦生活を赤裸々に明かす事は流石に黙っていられなかったらしい。
(あらら、ちょっと口が軽かったかしら? 三人のウチを見る目が本気(マジ)だわ)
どうやら、実家にいる気安さと両親の顔を見た安堵感から無意識に浮かれ過ぎたらしい。
「あ、あははは……まぁ、その~、少々酔ったみたい!」
慌てて酔った振りで誤魔化そうとし、愛しき夫にしな垂れ掛かるも。
「夏穂先生……お酒に弱くないでしょ? 毎晩、レギュラーサイズの缶ビールをワンケース、平気で空けてるのに」
「う゛っ!?」
歳下の夫からの、思わぬ暴露が。 当然、大人しく聞き逃す両親では無かった。
「な゛っ!? お、オマエは! 宏さんの家(うち)でナニやっとるんだっ!」
「夏穂? 貴女、ホントに嫁いだ意識、持ってるの? 三十路越えの女を娶ってくれた御方に何たる無礼を」
「あぅぅ……」
両親からの冷たい視線が夏穂を完全に黙らせた――。
☆ ☆ ☆
宴も進み、あと小一時間でお開きとなる頃(帰りのバスの時刻が迫って来たのだ)。
(夏穂先生、随分と御機嫌だな。まぁ、久々にご両親と再会して嬉しいんだろうな)
宏はいつもと違ってサービス満点に妻達にお酌しまくる恩師を、温かい目で見ていた。
(多恵子さんもご両親相手に嬉しそうだ。昼間はお舅とお姑さん相手にかなり緊張してたもんなー。ま、俺達も実家は安心出来るからなぁ。二人共、心からリラックスしてるのが傍から見てても判るし)
酒好きの恩師は一同にビールだのウーロン茶だのをお酌して回り、多恵子も奥さん達それぞれに料理を取り分けたりお酌したりで、常に軽やかな笑い声を上げている。
(飛鳥ちゃんと美優樹ちゃんも、さっきからお爺ちゃんお婆ちゃんの隣に陣取って楽しそうに話してるし)
飛鳥と美優樹の栗色のツインテールが嬉しそうに揺れているのだ。
(これぞまさしく日本のお盆風景だなぁ♪)
などと、今日は出番の全く無かった面々(晶、優、ほのか、真奈美、千恵、若菜の六人だ)相手にグラスのビールをチビチビ舐めつつ一家団欒をの~んびりと眺めていたら。
「ところで宏君。ウチの娘達は主婦としてしっかりやっとるかね? 包み隠さず遠慮無く言ってくれ」
「あの娘(こ)達に悪い点があったら、容赦無く注意してやってね。遠慮は要らないから」
いつの間にか、舅と姑が両隣に陣取っていた。 宏はアルコールに酔い、気分的にも弛緩し切っていた為に、完全に不意打ちを喰らってしまった。 しかもつい先日、どこかで体験した光景だったので、頭を掻きながら思わず――。
「え~~~と、こちらは誰の実家でしたっけ?」
「……………………」
一瞬で静まる客間に、柱時計が刻(とき)を刻む音だけが大きく響く。
「へ? ……………………あっ!!」
修復不可能なボケ(?)をかます宏に、目を丸くする多恵子とその両親、そして唖然とする妻達。 誰ひとりとして声を発しないし、誰ひとりとして微動だにしない。
「い、いや! ここは多恵子さんと夏穂先生のご実家です! えっと、ほら! どこのご実家も畳と襖の和室だし座卓を囲むのもこのメンバーだから、つい――」
我に返った宏が慌てて言い訳に走ると、大笑いする恩師の声が場の空気を動かした。
「ひ、ひ、ひ、宏クンに座布団十枚~~~っ!!」
フリーズの解けた一同が声のする方を見ると、お腹を抱えて畳の上を転げ回る夏穂の姿が目に飛び込んで来た。 しかもご丁寧(?)な事に、時折正座しビシバシ畳を叩く姿も。
「か、夏穂姉さんはともかく。宏先輩、そろそろお酒、切り上げた方が好くないですか? 顔が真っ赤ですよ」
「夏穂お姉さんは放置するとして宏さん。お酒も過ぎるとお身体に障ります。美優樹、お水持って来ますね」
思いっ切り苦笑している飛鳥にビールの入ったグラスを取り上げられ、代わりに冷水の淹れられたコップを哀れむような瞳の美優樹から手渡される宏。 そして。
「宏さん。確かにわたくし、フレンドリーに接してくれと言いました。が、いくら妻の実家が五箇所あろうとも、取り違えて好いとまでは言っておりませんわよ?」
歳下の夫へずいっ、と膝を進め、アップに纏めた黒髪が蠢いて見える多恵子からの最後通告が。 普段の明るいアルトの声が妙に低く、しかも淡々と語るので多恵子の中では笑い事になっていないらしい。
「ご、ごめんなさい」
冷や汗をドバドバ流しつつ速攻で謝り(正座しての平身低頭だ)、そのまま恐る恐る舅と姑に視線を向けたら。
「宏君、飛鳥と美優樹にすら尻に敷かれとるのぅ。……ま、多恵子や夏穂と一緒に頑張って可愛がるんじゃな」
「宏さん。多恵子は殊の外、頑固ですから心して掛かって下さいね。あと、夏穂と孫達を末永く頼むわね♪」
苦笑いされつつ、生温かい瞳で思いっ切り同情されてしまった。
☆ ☆ ☆
「あ~~、参った。今回ばかりは酔いが完全に吹っ飛んだ」
帰りのバスの中で、宏は深い溜息を吐きつつ座席にもたれ掛かった。 一行十一人は再び終バスに乗り(真奈美の実家を訪れた際も終バスで帰った)、宏の実家へと向かっている最中だった。 車内は満員状態だが、始発のバス停から乗ったお陰でバス最後部に全員が着席出来(最後部に横五人、通路を挟んだ二人掛け座席三つに何とか座れた)、到着するまでの小一時間はゆっくり過ごせる筈だ。
「確かに、妻の実家を取り違えちゃダメでしょ。いくら温厚な多恵子さんだって怒るわよ」
「あたい、確実に数秒、心臓が止まったわよ! んもう~、宏ってば、だらしなさ過ぎ!」
右隣に座る筆頭妻の晶が他人事(ひとごと)のように笑い、お屋敷の常識派であり、ひとつ前の右窓際に座る千恵は困ったような顔で振り返り、ご当主を責め立てる。
「あはは! まぁ仕方ねぇさ。どの家も似たような造りだし、揃うメンツも同じなら勘違いのひとつやふたつ、誰だってするさ。オレだって、どれが誰の家か言え、って言われても咄嗟に出て来ないぜ?」
「うふふ♪ 宏君、すっかりリラックスしてたから、不意を突かれたのよね。言い換えれば、それだけ各ご実家に馴染んでいた、とも言えるんじゃない? だったらそれは素敵な事だと思うわ♪」
千恵の前の席に座り、波打つ金髪を背中に払ったほのかが笑いながらサムズアップして慰め、ほのかの隣に座る癒しの真奈美が通り名に恥じないフォローする。
「宏ちゃん、今日は朝からお墓参りで気合入ってたから最後の最後でつい、気が緩んじゃったんだよね~。お酒も結構入ってたし、一回位の過ちはしょうがないよ~」
「……ヒロクン、午前中は多恵子さんや飛鳥ちゃん達をフォローし、午後は夏穂先生をフォローしてた。夫としての役目は充分果たしたのだから、多少のポカは赦すべき。否、むしろこっちの方が血の通った人間らしくてボクは好き♥」
千恵の隣に座り、腰まで真っ直ぐ届く漆黒の髪を揺らした若菜がニッコリ笑うとご当主の手を握って慰め、お屋敷の参謀役でもある優も、晶の右隣から腕を伸ばして四歳下の夫をフォローする。
「みんな……ありがとう!」
旧知の妻達からの窮地を救うお言葉に感涙する宏。 そこへ、騒動(?)の一端を担いだ人物からのひと言が。
「コホン。わたくしも大人気ありませんでした。済みません」
夫に自分の実家が判って貰えなかった多恵子も宏の左隣で恥ずかしそうに頬を染め、小さく頭を下げる。
「いえいえ、多恵子さんはこれっぽっちも悪くありません。悪いのは完全に俺ですから。多恵子さんと夏穂先生のご両親にも申し訳無い事をしました」
多恵子に頭(かぶり)を振り、気にしていないと伝える宏。 それをまた多恵子が「いえいえ、こちらこそ不躾でした」と、いつの間にか謝意の応酬合戦になってしまった。 と、そこへ多恵子の前に座っている飛鳥の声が一同の耳を引き付けた。
「そう言えば、舅と姑って、夫婦の側から相手の両親を見た時に言うんだよね? 宏先輩から見て真奈美さんのご両親とか、晶先輩から見て宏先輩のご両親とか。私達の場合は……一方の妻からもう一方の妻のご両親を見た時も」
首を捻り、隣の窓際に座る美優樹に問い掛ける飛鳥。 頭を動かす度に、栗色のツインテールが軽やかに右に左にと揺れて華奢な肩を滑ってゆく。 すると、美優樹の後ろの席に陣取る現役国語教師の夏穂が先んじて応えた。
「そうよ。舅と姑は配偶者の両親を指す言葉だからね。まぁ、日本には相手を示す表記が難解で複雑だからねー。例えば同じ発音でも伯母と叔母、伯父と叔父では意味がまるで違うし、そこへ大伯母と大叔母、大伯父と大叔父、小舅に小姑なんかが加わったら……ホント、生徒に教えてても紛らわしく面倒臭いったら、ありゃしない。第一、核家族や孤独死がデフォルトになって久しい昨今で、そこまで繋がる大家族なんて今や絶滅危惧種だもんねー」
「ホント、漢字は難しいよな。オレなんか、未だに『おじ』『おば』で書き間違えたり漢字変換する時に迷ったりするし」
多恵子の隣に腰を据えている夏穂の、女子高の教師とは到底思えない言葉に、来日八年目となるハーフ美女のほのかが何度も頷き、しみじみと同意する。
「で? お姉ちゃんは何が言いたいの?」
叔母の解説を待って、黒一色のゴスロリドレスを纏う美優樹が胡散臭そうに隣に座る姉を見る。 どうやら成績優秀な美優樹にとって、当たり前の事を言う姉が何を言わんとするのかイマイチ判らないらしい。
「だから舅と姑よ。宏先輩の奥さんの両親が舅と姑になるんなら、私達のお母さんも宏先輩からしたら姑になるんだなぁ、ってこの帰省で気付いたの!」
「「「「「あ!」」」」」
若菜、真奈美、ほのか、夏穂、そして当事者である宏自身も「そうだった!」とばかり、大きく目を見開いた。
「「「「あー」」」」
その一方で、晶と優、そして千恵と美優樹が「とうとう言っちゃった」とばかり、片手で顔面を覆い天を仰ぐ。 どうやらこの四人はとっくに知り得ていたようだ。 そんな二つの反応を余所に、全身からドス黒い負のオーラ(誰の目にもそう映った)を猛烈に噴き出す人物が。
「あ~す~か~」
これこそ地獄の底から響く声、と言うのだろうか、満員のバスにおどろおどろしい声が低く流れた。 今迄聞いた事も無い迫力ある多恵子の声に宏達がビクン! と身体を大きく震わせたのは言うまでも無い。 見ると、アップに纏めた髪がメデューサの如くゆらゆらと蠢き、俯き加減の顔から垣間見える目の色も黒から金色に変わって……いるようにも見える(金色の瞳は鬼の証しなのだ)。
「気付いてはいけない、気付いても口にしてはいけない領域にとうとう……しかも土足で踏み込んでしまったわね? で、だ・れ・が! 『姑』だと言うのです? 事と次第によっては……今後のあらゆる保証は致しませんわよ?」
「え? えぇっ!? な、なんでお母さん、そんな怒ってんの?」
訳も判らず狼狽える飛鳥を始め、逃げ場の無い狭い車内で座席や窓に身体を目一杯押し付け、少しでも多恵子から距離を取ろうとする妻達。 当然、矢面に立たされるのは一行の総責任者であり、最後列五人掛け座席の真ん中に座っていた宏だ。 幸か不幸か(絶対後者だ!)、多恵子は宏の真横にいるから火消し役にはうってつけ……らしい。 しかも、含み笑いしている晶のせっつく左肘(早く宥めなさい!)が、宏の身体を多恵子に向かせたから堪らない。
「宏さん! 姑と言う字はどう書くかご存じですかっ!? 『女が古い』と書き、歳(とし)を喰った女、古い女! って意味なんですっ! わたくしは今でも美優樹ちゃんの妹で通用するのに、ンなコト言われて黙っていられません!」
一気呵成に捲し立て(瞳も血走っていた)、猛然と食って掛かる多恵子。 ゼイゼイと息も荒げ、目尻を吊り上げ眉根を寄せたその表情は鬼神もかくやと言う形相だ。 当然(?)、この騒ぎで周辺にいた筈の乗客の姿は無い。 他の乗客は皆、バス前方に寄り固まり、こちらをチラチラ(迷惑そうに?)見ている始末だ。
「多恵子さん! 俺は決して多恵子さんを姑だと意識した事は一度もありませんから! 誓っても好いです!」
宏は他の乗客の好奇な視線を躱す事よりも、今は必死になって多恵子を宥めに掛かる。 このままでは一家の平和(食事の質とか量とか!)が危うくなってしまうからだ。 そこへ、よせば好いのに(おそらく無意識なのだろう)、飛鳥の言葉責めが再び炸裂した。
「でもそうすると、夏穂姉さんは宏先輩から見ると小姑、ってコトにならない? ホラ、妻の姉妹は小姑って言うじゃん♪ ってコトは、私の妹である美優樹も『小姑』だぁ♪ あはははは! 十七歳にして小姑? なんか婆臭~い!」
文学部らしく(今は完全に仇となっている)、誇らしげに知識を披露する飛鳥だが、場違いも甚だしい。 当然、大人しく聞き流す面々では無い。
「!! なんですってぇ!? もう一度、言ってみ?」
ついさっきまで姉を指差し「姑だ姑~♪」と高笑いしていた夏穂が一瞬で般若の形相となって姪に噛み付いた。 身を乗り出し、右手で飛鳥の肩をガッチリ掴んで離さない。 そして。
「……ボク達、確かに名目上は小姑だけど……婆臭いって、誰が?」
「飛鳥ちゃん……私達、まだピチピチの二十代だよー、小姑と呼ばれるには五十年早いよー」
「お姉ちゃん……美優樹にもだけど、言うに事欠いて他の奥さん達に何たる暴言!」
黒紫に見える負のオーラを烈火の如く噴き出し淡々と話す優、若菜、美優樹の三人が怒れる夏穂に続く。
「……………………」
片や、ほのかと真奈美、千恵と晶は顔を背けて知らぬ存ぜぬを決め込んでいた。 実に見事な世渡り(?)っぷりである。 そんな不穏な空気がどんどん濃くなる中、夏穂が更に詰め寄った。
「あーすーかーちゃん? 命が惜しくないようねー。だったらウチが引導渡してあげるー」
セミロングの前髪が目元を覆い、ギラリと凶暴に光る瞳も姪を捕らえて放さない。 同じ目をした優、若菜、美優樹も髪を蠢かせ、無言のまま普段とは正反対のオーラを纏って元凶に迫る。 哀れ飛鳥は、母親を筆頭に五人からの猛攻に晒される羽目に陥った。
「え? えぇっ! な、なんでみんなして、そんな怒ってんの? 優先輩に若菜先輩までっ……なんでっ!?」
完全に戸惑う飛鳥は、優や若菜は双子姉妹の妹であり、自分自身もれっきとした(?)『小姑』であると考え至らないらしい。 そんな中、宏だけが火消しに躍起になる。 いくらここが田舎で人目が少ないと言えど、今いるのは曲がりなりにも(?)公共交通機関の中なのだ。 屋敷のリビングや自室同様に騒いで好い理由は、これっぽっちも無い。
「夏穂先生、台詞に抑揚が無いから余計恐いですって! みんなも目が本気(マジ)だし! とにかく落ち着いて!」
狭いバスの車内、しかも満員状態での抗争再発に、為す術無い宏(と愉快な仲間達)。 唯一の救いは、晶と千恵も小姑に当たるのだが、今回は大人の対応をしてくれている点だろうか。
「あぁ、もう! みんな自由過ぎ! ちっとは回りの状況考えて!」
出来るだけ声を顰めて注意するも、全くもって聞く耳持たない奥さん達。 既に長身の飛鳥(座高もそれなりに高い)が見えなくなる程に、殺気の籠もった包囲網が狭まっている。
「ヒロ。妻同士のいざこざを最終的に収めるのも、夫の務めよ♪」
筆頭妻である晶(ずっと笑いっ放しだ)からの、何の解決策にもならない明瞭的確なアドバイスに滂沱と涙する宏だった――。
☆ ☆ ☆
お盆休みのバス騒動以降、宏達の間では『姑』が厳禁ワードとなり、何となく禁句とされていた『叔母さん』『三十路』に加えて、『小姑』なる禁止ワードも新たに追加されたのだった――。
(つづく)
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