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ライトHノベルの部屋
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~ラブラブハーレムの世界へようこそ♪~
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恋仲(4)
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美姉妹といっしょ♪~新婚編
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宏が二組の姉妹妻――千恵と若菜、飛鳥と美優樹に夫の役目を存分に果たし、弁当問題で思い悩む晶は眠れぬ夜を悶々と過ごした翌朝。
「きゃ――――――――っ! 寝過ごした――――――――っ!」
早朝の空気を揺るがす金切り声が周囲に響き渡った。 屋敷の屋根や庭の隅に植わっている梅の大木に止まっていた小鳥達が雲ひとつ無い晩秋の空へ一目散に飛び立ち、木々の葉がそよ風に揺れる音も掻き消されてしまう。
「あぁもうっ! 朝シャンする時間すら無い! こうなったら……歯磨きと洗面だけ済ませて化粧はファンデーションだけでイイや!」
目覚まし時計の針が指し示す時間を見た瞬間に噴き出した大量の冷や汗はそのままに、フェイスタオル片手に洗面所へ駆け込んだのは、宏が娶った妻十人の頂点に立つ晶だ。
(今日は七時半に早朝会議があるから普段よか三十分早い五時半に起き、六時半には屋敷を出る筈だったのに……筆頭妻として何たる大失態! 何たる体たらく!)
(まさか! このあたしがっ! たかが弁当ひとつ気になってなかなか寝られなかっただなんて! その挙げ句に一時間も寝過ごすだなんて、末代までの恥だわっ!)
目覚ましを止めた形跡があったので、どうやら無意識に止めてしまったらしい。 洗面鏡の中の自分に叱責しつつ、鏡の隅に映る壁時計(反対時計なのだ♪)をチラリと見ると。
「うわっ!? 七時十分前っ!? もう出なきゃっ!」
屋敷から最寄り駅まで猛ダッシュして約八分(ゆっくり歩くと十五分の距離だ)、快速電車で東京駅まで約三十分、改札から会社まで急ぎ足で約二分(通常は五分程度)、最後は書類準備に三十秒。
(今から走れば七時半からの会議に五分以内の遅刻で済む! 何とかなる! 部長たるあたしの面目も保てる!)
脳内シミュレートしつつ化粧瓶とタオル、櫛とドライヤーを洗面台に放り出したまま自室に駆け込み、超特急でパジャマからの着替えを済ませるとジャケットとハンドバッグを引っ掴んで廊下へと躍り出る。
(せっかくの朝ご飯、食べ損ねたわね。帰ったら多恵子さんや若菜ちゃんに謝んなきゃ)
廊下にまで漂う、鼻をくすぐる芳醇な香りに腹の虫が鳴き掛けるが、今は強引に押さえ込む。 そんな筆頭妻の、ドスドスと板張りの廊下を右に左にと走る足音が屋敷を震わせ、ここに住まう十人と一匹の注意を引くには充分過ぎる騒々しさとなっていた。 一匹とは、真奈美が以前助けた三毛猫の仔猫である。 今はリビングのソファー(真奈美がいつも座る場所だ)で丸くなり、耳だけ傾け苦笑いして(?)いる。
「みんなおはよう! 今日はもう出るから!」
キッチンに揃っているであろう主婦組に、このまま屋敷を出る旨伝えようと玄関を一旦通り過ぎ、リビングダイニングに首だけ覗かせる。 と、そこには屋敷に住まう全員が揃って朝食を摂っていた。 リビングのテレビ(朝は時計代わりなのだ)は音が消され、今は天気予報が映し出されている。 今日も快晴を伝える画面左上の隅には『6:55』の文字が。
(あ……そうだった。この時間は、みんなには普段通りなんだっけ)
一斉に向けられる二十の瞳に、己の寝過ごしを忘れそうになってしまった。 そんな一瞬の思考を、破顔一笑する夫の声が断ち切った。
「おはよう、晶姉。でも平日に晶姉が寝坊するなんて珍しいね。目覚ましが鳴らなかったとか?」
「晶先輩があんなに慌ててるトコ、私、初めて見たわ」
「あはははっ! 晶姉さんが朝寝坊してる~♪ 今日は大雪が降るかも~」
ダイニングテーブルの上座でしっかりと朝食を摂っている愛しの宏や真奈美(大学の後輩なのだ)からは驚きの目で見つめられ、若菜からは箸を差されて笑い飛ばされてしまう。
「「晶さん?」」
「晶先輩ってば、ノーメイクでも綺麗なんですねー」
騒ぎの主が晶だとは思わなかったのか給仕中の千恵と鮭の塩焼きを突(つつ)いていた美優樹が意外そうな顔を同時に向け、飛鳥(高校の後輩なのだ)からは変な所で感心され、
「おいおい、昨夜は欲求不満で悶々として寝られなかったのかぁ?」
「それじゃ、今夜はウチと宏クンのエッチに晶ちゃんも混ぜてあげるわね~♪」
「……お姉ちゃん、ヒロクンに見限られた?」
止(とど)め(?)とばかり、同じ会社に勤めるほのかと高校時代の恩師である夏穂、そして双子の妹、優からも要らぬひと言が。
(ほのかってば、何、ニヤケてるのよ! そんなんじゃ無いわよっ! 夏穂先生もナニ、言ってんのよ! ……混ぜてくれるなら当然混ぜて貰うけど――って優! 縁起でも無いコト、言うんじゃ無いっ!)
横目で思いっ切り睨むも、今は家族のジョークに長々と付き合っている時間すら無い。
「若菜ちゃん! 悪いけど朝ご飯はパス! もう行かなきゃ早朝会議に遅れちゃうのよっ!」
濃紺色のビジネススーツ――ジャケットに腕を通しつつ(なかなか腕が通らず余計に苛立ってしまった)、料理長たる若菜にそう告げるや急ぎ玄関へ踵を返した、その時。
「晶さん? どんな事情であれ、朝食は必ず摂って下さいね。少しでも構いませんからお腹に入れないとお昼まで持ちませんわよ? 第一、空腹のままでは身体に好くありません」
「!!」
柔らかな、それでいてどこか逆らえない雰囲気を纏ったアルトの声に、晶は魔法を掛けられたかのように、その場から微塵も動けなくなった。
「あ……えっと……その……」
足を一歩前に踏み出した姿勢のまま、ギギギと油の切れたロボットみたく首だけをゆっくりと背後に巡らせ、声の主に視線を向けると。
「寝過ごしたのは晶さんの責任。しかも、キッチンの壁に掛かる個別予定表に、晶さんは今朝も出発時間が書かれておりません。これでは、わたくし共も普段通り起こして好いのか、それとも今朝は寝かせておいて好いのかの判断が出来ません」
声の主はお屋敷最年長、三十八歳にして夏穂の六歳上の姉であり、飛鳥と美優樹の二児の母でもある多恵子だ。 キッチンに立つ、白い割烹着姿(頭巾付き♪)が目に眩しい。
「へ? 今日の予定? あ……すみません。時間書いておくの、忘れてました」
昨夜、マグカップを戻しに来た際に書くつもりでいたが、綺麗サッパリ忘れてしまったらしい。 筆頭妻に似つかわしくない釈明を口籠もりつつしていると、さっきよりも幾分和らいだアルトの声が耳に届いた。
「しかし、わたくし共も、いつもの時間を過ぎても現れない晶さんを起こさなかった落ち度もございます。ですからここはひとつ、お互い様と言う事でいつも通り、朝食を摂って行かれてはどうでしょう?」
「あ、いや、しかし、今すぐ出れば何とかなるので朝ご飯は不要――」
尚も言い繕うとすると、ニコ目だった多恵子の瞳がより一層、細くなった(ような気がした)。 心なしか、こめかみに青黒い血管が浮かんで見えているのは……気の所為だと思いたい。
(げっ! ヤバい! 本気(マジ)で怒ってる!)
背中に、ひと筋の冷や汗が流れ落ちる。 多恵子が宏の嫁としてここへ移住し、共に暮らし始めて一年ちょっと。 お陰で些細な表情の変化を読み取る事が出来るまでにはなったが、ここまで真剣に注意された事は今まで無かった。
「あ・き・ら・さん? 筆頭妻たる晶さんがそんな不摂生をしてどうします? 奥方の代表として、見本となる振る舞いを忘れて貰っては困ります」
多恵子の言葉(トーン)が少し、低くなった。 どうやら安易な言い訳に終始したのが拙かったらしい。 このままでは筆頭妻の面目すら保てなくなりそうだ。
「う゛っ!? わ、判りました! 判りましたから、そんな額に青筋立てた笑顔で迫らないで下さい!」
「はい♪ 判って戴けて嬉しいですわ。それではご飯とお味噌汁、すぐに用意致しますわね。おほほほほ♪」
それまでの硬い笑顔と打って変わった、本来の笑顔に晶はホッと胸を撫で下ろす。
(多恵子さんも、あたし等にどんどん注意出来るようになったのは嬉しい限りだけど、今回は完全にあたしが悪いわね)
諦めてジャケットを脱ぎ、チラリと壁時計に目を向ける。
(こりゃ、早朝会議は三十分以上の遅刻が確定ね。駅までの道すがら詩織ちゃんに連絡がてら謝っとかなきゃ)
詩織は晶が仕切る飛行業務部の副部長で、部長の晶を常に補佐してくれているのだ。
「はい、お待ちどおさま♪ 今朝は松茸のお吸い物と松茸ご飯ですわ。この松茸、宏さんにとご近所からの頂き物ですの。おほほのほ♪」
ダイニングテーブルに着くや、笑顔の多恵子が運んでくれた朝食を目にした途端。
――グ~ッ――。
お腹からの、容赦無い大催促。 廊下に漂う芳醇な香りの正体が明らかになった瞬間だった。
(……)
一同が大爆笑する中、首から上を真っ赤に染めた晶は無言で俯くしか無かった――。
☆ ☆ ☆
その日の午後。 飛行業務部長の晶はひとり、丸の内にある自社ビル(親会社の持ちビルなのだ)最上階にある社員食堂で遅い昼食を摂っていた。 壁に掛かる時計の針は十四時半を少し回った辺りを指している。
「あ~ぁ。あたしの所為で時間、かなり遅くなっちゃった。みんなには悪い事、しちゃったな」
朝イチの会議に大幅に遅れた為に、その後の打合せや関連会社とのネットミーティングが押せ押せになってしまい、午前最後の部内ミーティングを終えたら十三時を大きく過ぎていたのだ。
「詩織ちゃん達は十四時半までの七十五分間、お昼休み取って好いわ。あたしはそれまでひとりで電話番、してるから。明日以降に延期したミーティングの再調整もしないと拙いし」
自戒を籠め部下達にそう指示し、交代した所でようやく晶の昼食タイムと相成った訳である。
(ま、最初に寝過ごした、あたしのミスだし、誰にも文句は言えんわなぁ)
晶の職場はパイロットや整備士達を後方支援する都合上、事務所を一時(いっとき)たりとも無人にする訳にはいかない。 特に、フライト中は職場責任者の晶か副部長の詩織の、どちらかが必ず席にいなければならない。 フライトの組まれた日は常に不測の事態や各種連絡に備えて数人は常駐させる必要があるからだ。
(幸い、今日はフライト無くて助かったわ。もしも二機とも飛んでたらお昼、食べ損なってたかもしんないし)
フライトがある日のお昼は、それに係わる担当者は基本的に交代制――十一時半からと十二時半から――で摂っているが、社が保有する二機のビジネスジェットの稼働状況によっては社員食堂から出前して貰って自席で摂る場合があるし、下手すると事務方責任者でもある晶の昼食タイムが完全に潰れてしまう場合も希にあるのだ。
(ま、午後からのネットミーティングは十五時半からの羽田事務所だけだし、楽勝よね~♪)
昼食に選んだ日替わり定食(今日は讃岐うどんの釜揚げセット・稲荷寿司二個付きだ♪)のうどんをチュルン! とひと啜り。 羽田空港の一角にある事務所には気心の知れた人物が二人もいるので、仕事の緊張感が薄まるのも確かだ。
(ヒロは今頃、何してるのかしら? お昼は済ませたんだろうし、今はほのかに苛められていないでしょうね)
愛する夫を想い浮かべると、自然とニヤケてしまう自分がいる。
(あ……そう言えば。今朝は寝坊した所為で千恵ちゃんにお弁当箱の持ち主、聞くの、すっかり忘れてたわ)
昨夜見た、暗闇の中で銀色に光る弁当箱が今になって気になり出して来た。
(五個のうち、ひとつはヒロのもの。残り四つは……いったい誰のかしら? 今日帰ったら速攻で聞き出さなきゃ。それにしても、弁当が必要な人間って……)
箸を咥えたまま宙を睨み微動だにしない美貌の上司をビル全体に勤める者達が物珍しそうに眺めていた事など、知る由も無い晶だった――。
☆ ☆ ☆
箸を咥えた晶が見せ物となっていた、丁度その頃。
「今朝の松茸ご飯、美味しかった~♪ 初めて松茸食べたけど、また食べたいわね~♪」
「ほんと。宏さんの人徳のお陰ね♪」
「しかも、お昼のお弁当は栗ご飯! 朝昼と美味しい秋の味覚三昧で、これがセレブなのね~♪」
「味に関しては至って同意するけど……お姉ちゃんはセレブに擦りもしないから。しかも栗ご飯で喜ぶなんて、安上がりなのか単純なのか美優樹、時々判らなくなるわ」
大学にあるフードコーナー(学食だ)で緑茶と番茶を啜りながら談笑しているのはこの秋に無事、二年生に進級した飛鳥と美優樹の姉妹だ。 飛鳥は文学部、美優樹は工学部と所属は違うが、揃って午後の講義が一部休講(キャンセル)となったのでお茶会と洒落込んでいるのだ。
「ちょっと! 安上がりとか単純とか言わないでくれる? まるで私がチンケな女みたく聞こえるじゃない!」
栗色に煌めくツインテールの髪を逆立て、椅子に座ったまま正面に座る妹へ前のめりになる飛鳥。 白の長袖ブラウスと赤地に黒ラインのタータンチェックのミニスカート、そして絶対領域が目に眩しい黒のサイハイソックス姿は、いつも通りだ。
「チンケかどうかなんてどうでも好いけど、お姉ちゃんは昔から美味しい物さえ食べていれば幸せだものね」
しらっと辛辣な言葉を笑顔で返すのは美優樹だ。 黒地に白のレースが施されたヘッドドレスを頭に載せ、姉と同じく栗色のツインテールを腰まで伸ばし、くるぶしまである黒の長袖ゴスロリドレス(白レースのフリル付き)を纏い颯爽とキャンパス内を闊歩する姿は、今や大学(がっこう)の名物になって久しい。 現に、この秋に入った新入生達が今も遠巻きに美優樹を眺めては黄色い歓声を上げている。
「あ、あんたね~っ」
「ふふん」
眉根を寄せ唸る飛鳥に、口角を僅かに上げ鼻で笑う美優樹。 そんな、二十歳(はたち)と十七歳の姉妹に。
「あんた達……鏡で映したかのような二人が正対して言い合いするんじゃ無い! 見てるこっちが訳、判んなくなっちゃうでしょっ!」
「ま、今回も美優樹ちゃんの勝ちね。そもそも、平凡な飛鳥が飛び級した美優樹ちゃんに敵うとは誰も思わないし~」
「飛鳥も、もう少し落ち着くと見た目は好い女、なんだろうけどなぁ。今のままじゃ、ご主人から三行半(みくだりはん)、突き付けられるわよ?」
同じテーブルに着く、飛鳥と美優樹の共通の友人達(皆、飛鳥と同い年だ)がこもごも言う。 各自、目の前にはケーキセットが置かれ、中には二皿目に突入した猛者も。
「恐れ入ります」
「ちょっと! 平凡ってナニっ!? 見た目ってどーゆー意味よ! しかも私が美優樹より劣るってかっ!? それに……三行半って、ナニ?」
褒められた美優樹が頬を赤くして礼を言い、切れ長の瞳を吊り上げた飛鳥が食って掛かる。 美優樹にとっては同級生と言えど姉と同じ三つ歳上なので、常に丁寧な応答となるのだ。
「あはははは! 美優樹ちゃんはそこのおバカな姉と違って今日も可愛いなぁ♪」
「な゛っ!?」
「ありがとうございます♪ 美優樹、嬉しいです♪」
絶句する飛鳥と優雅に一礼する美優樹。 大学(がっこう)でも弄られキャラの飛鳥と妹アイドル的な地位にいる美優樹なのだった――。
☆ ☆ ☆
箸を咥えた晶が社員達の格好の見せ物となり、飛鳥と美優樹姉妹が可愛がられていた、丁度その頃。 私立の女子高の教壇に立つ夏穂は、複数の生徒から質問を受けていた。
「夏穂先生、今日のお昼もお弁当持参でしたけど、お手製ですか?」
「へ? 弁当? あぁ、お昼のか――って、今は国語の授業中でしょ。集中しなさいって」
教科書から教室内に視線を移すが、三十余名いる生徒の誰もがノートなど取っていないし教科書すら見ちゃいない。 しかも列の最後尾などは机に突っ伏し、格好の昼寝場所と化している。
(おいおい、来年受験でしょ、あんた達……。でもご飯食べた後の授業だもんねぇ、天気は好いしポカポカして温かいわで眠くもなるか。ウチも経験、あるし)
クラス担任として非常に嘆かわしいが、時間も時間なだけに少しは生徒達の気持ちも判る。 しかしだからと言って立場上、このまま放置する訳にもいかない。 時折、廊下を巡回(徘徊?)する教頭や校長に見つかると、(ボーナスの!)査定に大きく響くからだ。
「ホラ、みんな少し深呼吸! 腕を頭上に伸ばして! 気分、晴れるわよ?」
軌道修正を試みるも、色恋沙汰に鼻が利く年頃の女の子には利かないらしい。 授業とは無縁な、しかも冷や汗モノな質問が寄せられてしまう。
「だって~、夏穂先生ったらお弁当食べながら『ニヘラ~』としてるんだもん。気になっちゃって」
「に、ニヘラ~って……ウチ、そんなだらしない顔、してた?」
思わず教科書を放り出し、両手で顔を撫でる夏穂に、ここぞとばかり生徒達が猛攻を仕掛けて来る。
「してた、してた! まるで夢見る乙女みたいでしたよ? もしかして旦那さん絡み、とか?」
「そりゃ、ウチは未だに乙女だけどさ」
愛する夫を想うだけで、心と身体が自然と熱くなる。 これが恋する乙女の反応でなければ、何なのだろう。 ところが。
「ナイナイ」
一斉に顔の前で手を横に振る生徒達三十余名。 どうやら十七歳の生徒にとって、三十二歳の担任は乙女の範疇を優に超えているらしい。
「なんでよっ! 先に乙女って言ったの、そっちでしょっ! ええぃ、授業だ授業!」
生徒達からの冷たい仕打ちに頬を膨らませ、ヘソを曲げる夏穂。 これでは、どちらが生徒なのか判らない。 教科書を手にしたものの、夫の顔を想い浮かべると自然と思考がそちらへ向いてしまう。
(だって、宏クンと同じ時間に同じ物を食べてると思うと、どうしたってニヤケちゃうでしょ~。如何にも夫婦の絆、って感じで♪ ほのかちゃんだってそう言ってたし~)
などと、状況も忘れてつい回想に耽ってしまったら。
「あ゛――っ! 夏穂先生、またニヤケてる――っ!」
「きっと旦那様の事を考えているのね♪」
「きゃ――っ! ノロケよ! 女教師のノロケ話よっ!」
一段と騒がしくなる生徒達に、色ボケ状態の夏穂は教師とは思えぬ台詞を吐いた。
「へへ~ん! 悔しかったら男のひとりやふたり、囲ってみぃ!」
途端に、一斉に湧き上がるブーイングの嵐。 席を両手で叩く者や足を踏み鳴らす者、中には席から勢い好く立ち上がり、立てた親指を下に向けた抗議のポーズを取る者まで。 どうやら生徒達の『春』は、まだまだらしい。
「この勝負、ウチの勝ちね! フフンッ」
勝ち誇った気分で胸を張り、鼻で笑う夏穂。 男(恋人)の有る無しを本気で生徒と張り合う教師がどこにいるのだろうか。 と、ここで生徒からもっとも聞かれたくない質問が飛んだ。
「今日のお昼は随分と豪華な、そして美味しそうな栗ご飯でしたけど、ご自分で作られるんですか?」
「栗のお薦めの生産地ってありますか? そして一食分の栗の分量はどの位が適当ですか?」
「是非、作り方を教えて下さい! 今度のデートで彼氏に作って上げたいんです!」
「えっと……あはははは、それは今度また……ね」
(まさか、ウチが家事苦手だとは誰も思って無いんだろうなぁ。しかも、ほのかちゃんと同じく、宏クンと同じ時間、同じ物が食べたい一心で千恵ちゃんに弁当頼んだとは……口が裂けても言えるか!)
引き攣った笑顔で誤魔化すしかない夏穂だった――。
☆ ☆ ☆
箸を咥えた晶が見せ物となっていた、すこし前。 羽田空港の北西に位置し、企業向けハンガー(格納庫)が並ぶ一角の、とある事務所では。
「さぁ、昼メシだぁ!」
正午を回るや、電話番の二人を残した事務所の面々は二階にある食堂兼休憩室で昼食を摂っていた。 当然、宏とほのかの夫婦も席を並べ、ランチタイムに勤しんで(?)いるのだが……。
「宏、あ~ん♥」
「ほ、ほのかさん。流石に毎回恥ずかしいってば。みんな見てるし……ちょっと近付き過ぎじゃない?」
「好いじゃねぇか、いつものコトだ♪ そんで、みんなに見せ付けてやろうぜ、オレ達のラブラブっぷりをさ♥」
宏の右半身は、ほのかの左半身と密着しているのだ。 オマケに、ほのかの左腕が既に左肩に掛かっている訳で。
(ほのかさん、まるで抱き付く格好で食べさせるんだもんなぁ。みんなチラチラ見てるし……恥ずかしいなぁ)
最愛の妻から寄せられる想いは嬉しいが、周囲から突き刺さる視線が気になって仕方が無い。 いくら少人数の職場(三十余名在籍しているのだ)とは言え、新入社員と言う立場上、もう少し控え目で目立たない行動を取りたいのだが、ほのかによる猛アタックがそれを許してはくれない。
(ほのかさん、悪気が無いから強く言えないんだよなぁ。純粋に俺を想ってしてくれてるんだろうし)
そんな痛し痒しな状態のまま、箸を差し出すほのかの右手が口元に伸ばされれば……。
「ムフフ♪ こーしてると、まるでオレが宏を取って喰うみたいだな♪」
金髪碧眼ハーフ美女の、渾身の笑顔。 その表情ひとつ見ても、心から嬉しがっているのが手に取るように判る。 だからと言って、流されるままに受け身でいるのは夫としてどうかとも思う。
(少し、ハッキリと言った方が好いのかな? 職場ではくっつくな、って。でも、それは家(うち)に帰ってからでも好いような……)
しかし、弾けるような満面の笑顔を目の前にすると、どうしても口にするのが憚られてしまう。
(暫くは、ほのかさんが満足するまで付き合うしかない……のかな? でも、ほのかさん、案外お茶目な面、持ってるし、今回だって単に……)
「ほのかさん。わざとこうして楽しんでるでしょ?」
瞬きひとつ、する間に思考を巡らせた宏は少々、鎌を掛けてみる。 果たして。
「当たり前だ! その時その時の状況を愉しまないでどーする! これはパイロットの鉄則だぁ!」
「そんな鉄則、初めて聞いたんですけどっ!?」
期待通りの応えに、思わず突っ込む宏。 しかし、浮かれまくるほのかには通じない。
「ま、それはともかく。縁あって宏と同じ職場になれたんだ。それは事実だし、オレ自身、嬉しくて仕方が無いんだ♥」
一瞬、自分の手元に視線を向け、再び見つめて来るほのか。 どうやら、本気で夫婦水入らずのランチタイムを楽しんでいるようだ。 そんなほのかの切れ長の碧眼が少し細まり、そして瞳が揺らめいた(ような気がした)。
「なんだ? それとも宏はオレと一緒の昼食は摂れないってか? よよよ、寂しいコト、言うなよぉ~」
袖で目元を覆い、声を震わせ俯くほのか。 もしここに晶がいたら、即刻、『大根役者は引っ込め!』との罵声が聞こえて来そうだ。 苦笑いした宏も小さく溜息を吐(つ)き、ほのかの小芝居(?)に、幕引きを計る。
「何で泣き真似? それに摂らないなんてひと言も言って無いって! 恥ずかしだけだって。もう少し、二人して大人しく食べたいだけだって。それなのに、なんでこーゆーコトに……」
つい、愚痴めいた言葉が口を吐(つ)いてしまった。 これでは、ほのかの行動を嫌がっていると取られてもおかしくは無い。 慌てて言い直そうと口を開き掛けたら、当のほのかは至って気にして無いらしく、肩をバンバン叩かれて逆に慰められてしまった。
「大丈夫! 誰もオレ達なんて見て無いって! それに、オレが宏と同じ弁当食べたいって千恵ちゃんに頼んだんだから、宏は何も気にするなって♪」
「あ~、ほのかさんが最初に頼んだんだっけ。それをたまたま見てた夏穂先生が続いて、そしたら次の日、飛鳥ちゃんと美優樹ちゃんまでもが……」
「夏穂さん、飛鳥ちゃんと美優樹ちゃんに自慢しまくってたからな。千恵ちゃん、飛鳥ちゃんと美優樹ちゃんの願いに、『あぁ、またもや宏フリークが……』な~んて苦笑いして快諾してたっけ」
泣き真似が一転、切れ長の碧眼を細め、可笑しそうに笑うほのか。 アップに纏めた金髪が窓からの光りに煌めいて美しい。
「飛鳥ちゃんと美優樹ちゃんは自ら弁当箱とそれを入れる袋を用意してて、多恵子さんに笑われてたもんね」
その様子を思い出しながら言うと、
「それを見ていた夏穂さん、『宏クンと同じ時間に同じお弁当を食べる事に意味があるのよ!』な~んて力説してたもんなぁ。流石、現役の教師だけあって説得力、あったもんな」
ほのかも思い出したのか、遠い目になって微笑んでいる。 二人して先日の出来事を思い出し、宏は心が安らいでいるのに気付いた。 確かに、愛する奥さん達と同じ時間に同じ物を食べているのかと思うと、それだけで強い絆を感じるし心も温かくなる。
(あ……。もしかして、みんな同じ気持ちに? だから同じ弁当を……)
宏の心を読み取ったのか、ここぞとばかりにほのかが大きく頷く。
「だからだ! 言い出しっぺのオレがみんなの気持ちを代表して宏に『あ~ん♥』をする義務がある!」
「なんでやねんっ!」
宏の、怒濤の突っ込み。 同じ昼食を摂るのと『あ~ん♥』とでは意味合いが違い過ぎる。 しかし、新婚新妻気分丸出しのほのかには全く通じない。
「第一、ここのハンガーで最初の結婚式を挙げ、下地島で二度目の式を挙げた宏が、今更、何を恥ずかしがる? 二つの式の様子と誓いのキスのドアップ映像は、この界隈にいる人間なら全員、リアルタイムで見て知ってるんだぜ? 当然、その後のオレ達のラブラブっぷりもだ! だからもっと見せ付けてやろうぜ!」
「いや、だから、これ以上、火に油を注ぐマネはしない方が……」
「ほれ! あ~ん♥ の再開だ。これは愛情がた~~~~ぷり詰まった愛妻弁当だぞ~♥ ホレホレ~、今日は栗ご飯だぜ~♪ 手作りハンバーグもあるぞ~♪」
「栗はご近所からの頂き物だし、このハンバーグだって若姉が昨夜タネ作って冷蔵庫でひと晩寝かせたのを今朝焼いたのであって、決してほのかさんが作ったんじゃ無い――」
「あーんっ!」
殺気の籠もった碧眼で睨まれてしまった。
「う゛ぅ……あ、あ~ん」
周囲から向けられる不穏な気配をヒシヒシと感じつつ、観念して口を開ける。 もはや、抵抗するだけ時間の無駄なようだ。
「うふふふ♪ 旨いか、宏ぃ♥」
「うん。栗ご飯も甘くて美味しいし、ハンバーグも抜群だね」
実際、冷凍物のハンバーグとは比較にならないジューシーさと旨味に頬が落ちるが、ここまで来ると、もはや毒皿状態だ。 完全に諦めた宏は全身に突き刺さる好奇の視線を感じつつ今は目の前の、とびきり笑顔が眩しい美女のお相手を務める事に専念する。
「ホレ、今度はきんぴらゴボウだ♪ 野菜もちゃんと摂らなきゃな♪ あ~ん♥」
「あ、あーん」
「こっちも、あ~ん♥ おいちいか?」
何故か幼 児言葉になるほのか。 二人の密着度も紙一枚挿(はい)る隙間が無い程くっ付き、相手の体温や鼓動が伝わる程に触れ合ってもいる。 その時。
「……くっ!」
――バキッ!――
どこからか(コ・パイの澪さんがいる辺り?)、木製の箸が一気に折れるような音が聞こえたが……気の所為だと思いたい。
「宏、この出汁巻き卵、メチャ美味しいぞ♪ あ~ん♥」
「う、うん。あーん」
弁当に詰められた食材は若菜や千恵、多恵子が厳選し料理しただけあってどれも掛け値無しに旨い。 しかし、背中に突き刺さる視線の痛さが、より増大しているのも事実な訳で……。
「あ、あんたらは……」
――ベキョッ!――
すぐ近くから(副所長さんがひとり座っている席だ)、中身の入ったペットボトルが瞬時に握り潰されるような音が聞こえたが……絶対に気の所為だ。
(もしかして俺、この職場で微妙~な立場になってたりしない……よな?)
背中に冷や汗を垂らす宏の思いを余所に。
――リア充なんか、大っ嫌いだぁ!――
人目も憚らないチーフ機長と新人社員のバカップル振りに、羽田事務所には怨念めいたドス黒いオーラが(特に独身者から)ずっと渦巻いていた……。
(つづく)
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