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ライトHノベルの部屋
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~ラブラブハーレムの世界へようこそ♪~
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メヌエット(6)
メヌエット(6)
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美姉妹といっしょ♪~新婚編
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北欧バカンス三日目。 宏達十一人は、ほのかの祖父母の家で早めの朝食を摂った後、昼前の便でストックホルムから北へ九百五十キロ離れたキールナに来ていた。
「ん~~~、空気が冷たい! 遂にラップランドに来たぞー! ひゃっほぅ!」
搭乗機からタラップを降りた宏は、その場で右腕を高々と掲げてガッツポーズをかました。 高まる鼓動のままに周囲をぐるりと見渡すと、待ち焦がれた光景が大パノラマとなって目に飛び込んで来る。
――氷河が削り出した鋭い峰々は白い雪と氷に覆われ、麓には綿帽子を被る深い森が行く手を阻むよう横たわっている――。
「うっわー、山が間近に見える! 峰がメチャ鋭い! 雪の白さが眩しい! ん~~~ここが北極圏かぁ! 遂に来たど――っ!」
年甲斐も無く、つい、ステップを踏んでしまった。 目の前に拡がる絶景は各種メディアが伝える典型的なラップランドの映像と何ら変わらないが、憧れの地に自ら訪れたとなると否応無しに心躍るのだ。 すると、すぐ左隣からクスクスと笑う軽やかな声が聞こえて来た。
「ヒロ、嬉しいのは判るけど、ちょっとはしゃぎ過ぎ。それにしても、ここはベーリング海峡と同じ緯度に位置するのに思った程、寒く無いわね。風が殆ど無く晴れてるお陰かしら?」
「晶姉!? うわ、恥ずかしい台詞、聞かれちゃったな」
笑い声の主は、宏が娶った妻十人の頂点に立つ晶だ。 筆頭妻として、妻に対して宏の目が届かない部分をさり気無くフォローしたり、時々ヘタレになる夫を叱咤激励したりもする二十六歳の従姉である。
「別に恥ずかし事じゃ無いわよ。あたしだって噂に聞く北極圏に来られてウキウキしてるし♪」
腰まで届く、緩いウェーブの掛かった黒髪を小さく揺らし、ニコリと笑う晶。 その笑顔は職場で見せる凜として引き締まった表情とは百八十度違い、柔らかで優しい昔ながらの従姉のそれだ。 宏は晶と肩を並べ、目の前にそびえる銀嶺を一緒に眺める。
「飛行機の窓からはラップランドの山の高さとか鋭さは全然判んなかったけど、こうして地上で見上げる二千メートル峰はやっぱ凄いのひと言に尽きるね。何だか北海道は日高の峰々を彷彿とさせるし。あ~ぁ。何だかあっという間に着いちゃったなー。俺、もっと乗っていたかったなー」
「そうね。一昨日は十時間以上乗ったから、今回のフライトタイム九十分は瞬きしてるうちに着いたようなものね」
「あはは! でもそれはちょっと誇張し過ぎじゃね? 日本で置き換えると羽田から新千歳まで飛んだ時間だよ?」
「それだけ道中、退屈しなかったって事よ♪」
「そう言って貰えると嬉しいな。旅をコーディネイトした甲斐があるよ。それにしても、何とも静かな場所だね。有名観光地の玄関口だからもっと賑やかで煌びやかな街かと思ってたけど、何だか日本の片田舎みたいな感じだね」
「うふふふふ。実は、あたしもそう思ってたトコよ」
宏が晶と額を寄せ笑い合っていると、背後から呆れたような声が掛かった。
「おいおい、オマエ等いつまでもイチャイチャしてるんじゃねぇよ。後ろがつかえて前に進めないだろ」
振り返ると目の前には、波打つ金髪を微風になびかせた碧眼のハーフ美女が含み笑いしていた。
「あ、ゴメン。想像してたよか遥かにのどかな風景だったからつい、魅入ちゃった」
「あはは! 有名観光地なんざ、往々にして地名だけがひとり歩きするからな。実際来てみると普通だったり拍子抜けしたりするもんさ。だがここは人口二万に満たない地味な街だけど、冬、特に十二月から二月にかけては、それ以上の観光客が世界中から大挙して訪れるトコなんだぜ。オレ達も、そのうちの十一人って訳だ。がははははっ!」
豪快に笑うのはスェーデン人の母と日本人の父を持つほのかだ。 高校卒業まで首都ストックホルムで過ごしただけあって、著名なガイドブックなど足下にも及ばない様々な情報を示してくれる。
「まぁ、日本でも宣伝や評判に釣られて行ってみたら大した事無くてガッカリする観光地、結構あるもの。これってある種、詐欺よ。題して、あるある詐欺!」
「晶姉、それって問題発言じゃね?」
「構わないわ。実際、外面(そとづら)だけ取り繕って中身もスッカスカなんだし」
「広告は派手に打ってるけどサービスはイマイチ、って事だね。確かに、地名ブランドにおんぶに抱っこしてて、接客その他が疎かになってるトコ、あるもんねー。酷いトコは評価そのものが自演自作のヤラセだったり、でっち上げてたり。そんで客足が途絶えて初めて慌てて外部の立て直し専門家に縋る、ってパターン。俺、幾つか知ってるし」
「怠慢と傲慢のお手本よねー。世の中、反面教師が多くて規律や危機管理を作成する参考になるわー」
「あははははっ」
「うふふふふっ」
胸を反らす宏の高笑いと、眉を寄せ肩をヒョイと竦めて苦言を呈する晶の含み笑いが北極圏の澄んだ蒼空に吸い込まれてゆく。 そんな二人に。
「おいおい、二人して日本の観光地にケンカ売ってどーする。関係者の耳に入っても知らねーぞ?」
頬をポリポリ掻き、苦笑いするほのか。 しかし、根が楽天的な金髪碧眼ハーフ美女は宏の背中をバシバシ叩きつつ曰(のたま)った。
「もっとも、晶に掛かればどんな立派なトコでも普通の街になっちまうな。がはははっ」
「ほのかさんの言う通りだね。あはははは!」
「ちょっと二人共! あたしを何だと思ってんのよ! ……うふふふふ♪」
互いに顔を見ながら笑い合うシーンは傍から見れば仲の好い夫婦そのものだが、そんな三人に向かって今度は背後から焦れたような声が幾つか掛かった。
「あの~、お話は済んだかしら? ここに残ってるのは、あたい達だけなんだけど?」
「宏ちゃん~、早く中に入ろうよ~。いくら晴れてても寒いものは寒いよ~」
「……ヒロクン。旅慣れているのは判るけど、立ち止まる時は周囲の状況を考えてくれると助かる」
「ここはまだ駐機場だからねー。空港職員さんも『早くターミナルに移動してくれないかなー』って顔で見てるわよ?」
千恵、若菜、優、夏穂から暗に示されるイエローカード。 表情こそ朗らかな笑顔だが、瞳は誰ひとりとして笑っていない。 そして多恵子と真奈美、飛鳥と美優樹の姉妹までもが『しょうがない人達ね~』とばかり笑みを浮かべていた。
「「「へ? あ、ゴメン」」」
遠慮がちな、しかし有無を言わせぬ皆からの催促に、宏、晶、ほのかは同時に首を竦めた――。
☆ ☆ ☆
「さぁ! 到着早々、アトラクションと行こうか♪」
質素な空港ターミナル(日本の町内会で使う集会所みたいな平屋建てだった)の片隅で、宏は妻十人に向かって声を張り上げた。
「?」
一斉に首を傾げる美女九人に、宏は口角を上げてほくそ笑む。
(狙い通り、みんな不思議そうな顔してら♪ でも晶姉だけは今回の北欧旅をアシストして貰ったからドッキリは効かないんだよなー)
その筆頭妻の晶と言えば、集団の後方で終始ニコニコ(ニヤニヤ?)するだけで、余計な口を挟んでは来ない。
(ま、他人(ひと)より優位に立ちたい晶姉の性格からして、情報を握っている独占欲に浸ってわざわざネタバレするような真似はしないだろうから、ある意味、晶姉にコーディネイト手伝って貰って正解だったな)
英語が不得意な宏は現地での各種予約や手配に当たって晶に通訳や翻訳のアシストを頼んでいた。 その為、他の奥さん達に『冬の北欧バカンス・ドッキリ旅』を堪能して貰う為に帰国するまでスケジュール等、旅の内容一切を口外せぬよう頼んでもいるのだ。
「宏先輩、空港でアトラクションって、遊覧飛行、とかですか?」
「それとも、ここの管制塔から宏クンがバンジージャンプする、とか? 確か、三階分の高さだったわね」
栗色のツインテールを何度も揺らし期待に満ちた瞳で見つめる飛鳥に、心底楽しそうな笑顔で空恐ろしい事を平然と曰(のたま)う夏穂。
「飛鳥ちゃん、惜しいけどちょっと違うな。夏穂先生、地味に恐いからンなコト、しませんよ」
後輩に笑みを向け、恩師に眉を寄せる宏。
「宏君、ずっと笑ってるから、みんなにとって楽しい事なんでしょうけど……私には想像が付かないわ」
「……ヒロクンのドッキリツアーは正解が判るまでが楽しい。勿論、正解が判明した後はもっと楽しいからボクはどこまでも付いて行く」
真奈美と優が瞳を煌めかせて一歩前に出、美優樹と多恵子も同じとばかり大きく頷き身を乗り出している。
「真奈美さんも、きっと悦ぶと思うよ。優姉、そう言って貰えて嬉しいよ。ありがと♪ ……チュッ♥」
柔らかな笑顔の真奈美には手の甲にキスをし、クールだけど熱い視線で見つめて来る従姉にはフレンチキスで応え、美優樹と多恵子にも期待しててねと満面の笑顔を向ける。
「宏ちゃん~、勿体振らないで早く教えてよ~」
「オノレは子供か。黙って待ってりゃ好いのよ! で、宏、アトラクションってナニ?」
「宏ぃ、着いた早々言っちゃナンだが、この街にはそんな大それたアトラクション、無いぞ?」
腰まで届くストレートヘアを大きく揺らした若菜が焦れったそうに地団駄を踏み、ロングポニーテールを軽やかに弾ませた千恵が若菜を押し退け、ほのかは思い当たる節が無いのか言いにくそうに眉を寄せる。
「若姉、それは見てのお楽しみだよ。千恵姉、若姉(ひと)のコト言えないじゃん。ほのかさん、ひとつ忘れてない?」
期待通りの反応を示す三人に、宏は鼻高々になる。 この反応だけでも、今回の日程(ツアー)を組んだ甲斐があると言うものだ。 そんな姦しい女性陣を横目に、嬉しそうに瞳を細めた晶が宏の肩に手を置き、耳元で囁いた。
「うふふ、成る程♪ ヒロが企てるドッキリツアーは仕掛ける側に立つと、こ~んなにも優越感に浸れるものなのね。みんなが知らない事を自分だけが知ってるって、すっごい快感ね♪ これなら癖になるし、ヒロが何度も仕掛けたくなるのも判るわ」
「でしょ♪」
ニヤリと笑う宏は、集団の先頭に立つと大きく腕を挙げた。
「それじゃ、みんな付いて来て。これから今晩泊まるホテルに向かうけど、今からメチャ楽しい時間になるよ!」
「「「「「「「「「は~い♪」」」」」」」」」
ひとりの男を取り囲むように十人もの美女がゾロゾロ歩く光景は、観光客で賑わう空港ロビー中の注目を集めるには充分だった。
(晶姉の言葉じゃ無いけど、何人もの美女を侍(はべ)らす優越感も、男冥利に尽きるよな~♪)
空港ターミナルを出た宏は目の前の広い空き地――駐車場の一角へと足を進め、そして振り返りざま腕で示した。
「みんな、これがアトラクション――」
宏の言葉が終わらぬうちに湧き上がる大歓声。 そこには、多頭立ての犬ゾリが二組、操縦者(パイロット)と共に待機していた。
「きゃ~~~~♪ 犬ゾリよ~~~~、カワイイ~~~~♪」
「うわ、いっぱいいる♪ にの、しの、ろく……十二頭が二つ、全部で二十四頭も!」
「うはは! モフモフでフワフワ~♪ あったか~い♪ 気持ちイイ~♪」
「いゃん♪ うふん♪ あはん♪ ハスキー犬、ギザカワユス♪」
皆、興奮の余り、手持ちの旅行バッグを放り出して犬達に群がっている。 犬達も、東洋からの客人に尻尾を盛大に左右に振り、顔を舐めたり伸び上がって抱き付いたりして応えてくれる。
「みんな。このワンちゃん達がホテルまで送迎してくれるんだよ。俺達は五人と六人に分乗して――」
説明する宏の言葉は誰にも届いていない。 皆、頭を撫でたりハグしたり、手や頬を舐められたりと、人懐こくて愛らしいシベリアン・ハスキー犬に夢中なのだ。
(あらら、晶姉まで嬉しそうにしてら)
ホテルの宿泊予約時に犬ゾリの送迎があると知った晶でさえ、瞳を細めて(頬も緩めて)犬達とじゃれ合っている。
「やれやれ。あんな蕩け切った顔、会社の人達は誰も知らないんだろうなぁ。まぁ、晶姉がああなるのも判らなくも無いけどね、確かに可愛いし」
宏自身も動物好きなので目尻を下げ、リーダー犬に頬を舐められつつ何度も頭を撫でていると、唐突にとある単語が頭を過(よ)ぎった。
(みんな。お願いだから、くれぐれも『バター犬』にしたいとか言わないでね)
☆ ☆ ☆
「さぁ着いた。ここが今夜泊まるホテルだよ」
犬ゾリに揺られる事、およそ三十分。 賑やかで楽しい時間は一瞬で過ぎ去り、宏達一行は玄関前で後ろ髪を引かれる思いでソリを降りたのだが……。
「ちょ、ちょっと宏! ここって、世界的に有名なアイスホテルじゃないっ!」
開口一番、驚きの声を上げたのは千恵だ。
「冬は特に予約が取れない、って言われてる、あのアイスホテルに、あたい達が泊まれるのっ!?」
興奮の為か目を真ん丸に見開き、見る間に頬が紅潮してゆくのが判る。 どうやら千恵の中では五つ星ホテルに泊まるような気分になっているのかもしれない。 妻達も名前を聞いた事があるのか「全て氷で出来た、あのアイスホテル?」などと目を見張っているし、ほのかは「よもやここに泊まるとは……宏、すげぇな」などと感心してもいる。
「千恵姉、正解だよ。今夜はここで一泊するんだ。みんなに北極圏を堪能して貰おうと思ってね」
そして湧き上がる妻達の大歓声。 しかし、ひとりだけ首を傾げる妻が。
「あの~宏先輩? 氷で出来たホテルって、何です? ここ、木や鉄骨もある、普通の建物にしか見えませんが?」
宏の二歳年下の飛鳥だ。 そんな素朴な質問に、盛大に溜息を吐(つ)いたのは飛鳥の三歳下の妹、美優樹だった。
「お、お姉ちゃん……。世間知らずにも程があるわ。ここはフロントがある一般棟。氷の客室は別の場所にあるの!」
「あ、そ、そうなの? み、美優樹、あんた、顔が恐いって」
眉を跳ね上げ詰め寄る美優樹に、妹の迫力に押され腰が退ける飛鳥。 他の妻達も微笑みながら小さく頷いているのでアイスホテルを知らなかったのは飛鳥だけだと判る。 一行が玄関からフロントロビーへ移動しても、姉妹のボケツッ込み(?)は続く。
「お姉ちゃんは、つくづく世に疎いって、よ~く判ったわ。一緒にいるのが恥ずかしい位だわ」
「そ、そんな呆れなくてもイイじゃん! 知らなかったモノは知らなかったんだし、生まれながらにして知識持ってるヤツなんて、いないじゃんかよぅ」
多勢に無勢を悟ったのか、ばつが悪そうに口を尖らせモゴモゴ言う飛鳥。 負け戦を何とか取り繕うと目が泳いでもいる。 そんな哀れな子羊に、救いの手が伸びる。
「飛鳥ちゃん。誰だって知らない事はたくさんあるさ。だから気にしなくて好いよ。それに、今、知ったじゃん♪」
「飛鳥ちゃんは、世の中に惑わされずに勉強しているから、ここの事は、たまたま知らなかったのよね。私もつい最近、知ったばかりなの。だから気にしなくても大丈夫よ」
宏の慰めと、続く柔らかな声と微笑みに飛鳥の引き攣った顔が一気に崩れ落ちる。
「宏先輩! 真奈美さん! そ、そうなんです! 私、ホラ、ニュースとか余り見ないから――」
「お姉ちゃんは、ニュースは全く視ないものね。視るのは専ら低俗下品なバラエティばかりだし」
「くっ! そ、そこまで言うかぁ!?」
「言うわよ。現在のテレビ業界なんて内輪ネタで身内だけが盛り上がり、伝える内容も素人による動画投稿サイトや外電からの流用が殆どだし。こう言うのを世間ではオナニー番組って言うの、知らないの?」
「うぅ……、た、確かにそうだけどさ~」
姉の言葉を遮る美優樹の容赦無い突っ込み二発目と、事実とばかり言い返せずに絶句し固まる飛鳥。 そんな微笑ましい(?)光景を余所に、チェックインを済ませた宏がルームキーを携えみんなの前に戻る。
「あれ? 飛鳥ちゃん、ナニやら固まってるけど、どうしたの?」
「な、何でもありませんっ!」
「そっぽ向きつつ涙目で何でも無いって言われても……」
「宏さん。お姉ちゃんは、このような立派なホテルに泊まる事が出来て感激して涙ぐんでいるのです」
「そうなの?」
美優樹の説明を受けた宏が他の奥さん達に目を向けるが、皆クスクス笑ったり視線を逸らして笑いを堪えているばかりで応えが無い。
「あ~、まぁ、期待に添えるとは思うよ。で、みんなの部屋割りなんだけど――」
ここまで宏が言った途端、妻達の、それまでの和気あいあいとしていた空気が一変、張り詰めた緊張感に取って代わる。 それは話を振った宏でさえ判る程に。
「みんな、急にマジな顔になってどうしたの? 俺、何か変なコト、言った?」
「「「――――っ!」」」
夫からの問い掛けに何人か(若菜、ほのか、夏穂だ)が同時に口を開き掛けたら。
「ゥオッホン! 何でも無いわ。ヒロ、話を続けて?」
筆頭妻らしく皆を視線と咳払いひとつで黙らせ、次を促す晶。 流石、社会経験値――役職が高いだけあって貫禄充分だ。
「あ~、えっと、そんじゃ先ずはここのホテルの概要を説明するね。 このアイスホテルは普通のホテル棟と氷で出来た客室とがあって、俺達は屋外にある氷の客室に泊まるんだ。そこは室温がマイナス五度に保たれ、床、壁、天井全てが氷で造られているんだ。勿論、ベッドやテーブル、椅子など全てがね」
「あの、それじゃ部屋にいる時や寝る時はどうするんですか?」
瞳を輝かせた飛鳥がおずおずと言った感じで尋ねる。 どうやら何も知らず質問するのに引け目を感じているらしいが、湧き上がる好奇心には勝てないらしい。
「普段はファー付きのダウンジャケットを着て過ごすんだ。勿論、タダで貸してくれるから大丈夫! 寝る時は用意されている寝袋に入って寝るから寒く無いってさ。それに、氷で出来たベッドやソファーにはトナカイの毛皮が敷いてあるから冷たくも寒くも無いってさ。他にはレストランやバーカウンターもあって、カウンターやテーブル、椅子にグラスも全て氷なんだ」
「あはは。何だか、泊まる事自体がアトラクションみたいね」
「ウチ、寝袋なんて初めてだわ♪ それに、氷のバーにも行ってみたいわね♪」
「氷のお部屋って、どんなかしら? 氷の椅子にも座ってみたいわ♪」
千恵の可笑しそうな笑い声を切っ掛けに、みんなも泊まる事への期待を口にする。
「因みに、このアイスホテルの氷の客室は毎年十二月に造られて四月には溶けて無くなるんだ。しかも毎年造る人が違うから同じ作りは無いんだ。ノーマルな四角い部屋は勿論、ドーム型の部屋とか妙に細長い部屋とか千差万別で楽しめるよ」
ご当主たる宏の解説に沸き立つ妻達だが、ここで晶の要らぬお節介(?)が弾けた。
「まぁ、ぶっちゃけて言えば、あたし達が子供の頃に庭で『かまくら』造って、火鉢持ち込んで餅焼いて食べたり一夜を明かしたりして遊んだのと雰囲気は同じよ」
「晶姉、ぶっちゃけ過ぎだって! そんじゃ風情も旅情も無いって。ここに来た意味、無いじゃん!」
気色ばむ宏が思わず突っ込むと、晶は切れ長の瞳を細め、涙も浮かべてケラケラ笑い出した。 どうやら初めからウケ狙いでボケたらしい。 そんな筆頭妻に触発され、他の奥さん達もかまくら遊びを思い出したのか大笑いしている。
(まったく晶姉ときたら! でも、こんなにはしゃぐ晶姉は珍しいかも。その実、晶姉も楽しくて仕方無いみたいだな)
誰もが心からの笑顔を浮かべているので、アイスホテルの氷部屋を選んで正解だったようだ。
「話を戻すよ。俺達に宛がわれた部屋はダブルベッドとシングルベッドの三人部屋(トリプルルーム)ひとつに、ダブルベッドの二人部屋(ツインルーム)が四つ。さて、ここで本題。部屋分けはどうする――」
宏がルームキー五つ――金色のホルダーひとつと銀色のホルダー四つ――を翳し、言い掛けた途端。
「宏ちゃんと一緒のツインルームが好い~! そしてひとつの寝袋に一緒に入ろ~♥ 裸でくっつけば温かいよ~♪」
「雪山の遭難じゃねぇし! 第一、誰がオマエと宏を同室にさせるものかっ!」
真っ先に挙手する若菜に、瞳を吊り上げた千恵の鋭い突っ込みと激しいジェラシー。
「アンタがするなら、あたいがスル! 何たって体格が小柄だから宏と一緒に入っても狭くないし♪」
「姉さんズルい~! 私も宏ちゃんと一緒に二人っきりの夜にするの~!」
睨み合う千恵と若菜の美姉妹(しまい)に、高校の恩師である夏穂が仲裁するよう、すかさず割って入る。
「若菜ちゃん? 抜け駆けはダメよ。ここは恩師であるウチが! 宏クンにまだ教えて無いコトをじっくりと――」
「色ボケ教師がナニを教えるんだかっ。ヒロは筆頭妻たるあたしと寝るのよ!」
晶の、恩師を恩師とも思わない猛烈な突っ込み。
「――って、筆頭妻だからって宏クンを独占するのは、どうかと思うわよ? 人の上に立つからこそ下の者に譲って自分は一歩退くのが美徳だし道理じゃないかしら?」
「うぐぐぐっ……」
火花を散らし合う龍(夏穂)と虎(晶)の猛獣対決。 これらが口火となって『ヒロクン争奪戦in Ice Hotel』(優命名)が勃発した。 皆、口々に己の優位性をアピールし、宏を取り囲むや迫ってゆく。
「み、みんな落ち着いて! ここは屋敷のリビングじゃ無いからもっと静かに――」
慌てて収拾を図るご当主の言葉が届いているのか、いないのか。 美女軍団の姦しい声は周囲の視線を一気に集め、ロビーはおろか玄関の外にまで響いていたらしい。 そんなカオスな中にあって、一歩離れた場所で冷静に見つめる妻もチラホラ。
「あらあら、まぁまぁ。みなさん、楽しそうですわね。おほほ♪ で、美優樹は皆さんの輪に加わらないのですか?」
お屋敷最年長妻の多恵子だ。 隣にはゴスロリドレス専用の防寒着を纏う美優樹も佇んでいる。
「美優樹やお姉ちゃんでは、宏さんと同じ寝袋に入るのは体格的、かつ物理的に不可能よ。二人の合計体積が寝袋の許容量を遥かに上回っちゃうのが目に見えてるもの」
「そう言われればそうね。高身長の貴女達と胸板の厚い宏さんでは、とても収まりそうも無いわね」
チラリと長女を見る多恵子。 美優樹の隣には飛鳥も佇み、騒動の輪から離れていたのだ。
「だから、せめて美優樹が宏さんと同室になれれば好いな、とは思うけど……アレでは無理っぽい感じ」
美優樹の視線の先には、我も我もとばかり熱い(醜い?)争奪戦が続いている。 そこへ、揶揄するような多恵子の視線を受けつつもサラリと流した飛鳥が美優樹に詰め寄った。
「あんた、さっきからナニ、小難しいコト言ってんのよ。素直に宏先輩と一緒出来無くて悔しい、って言えば好いのに。そもそも、宏先輩と一緒に寝袋入りたければもっと痩せろ、って話でしょっ。特に夏穂姉さんはさ」
「お、お姉ちゃん! それって、他の奥さん達を敵に回す台詞よ」
「ふふん。んな訳、無い――」
「あ~す~か~ちゃん? だ~れ~が~太ってるってぇ~~~~っ!?」
「い゛っ!? か、夏穂姉さん!? い、いつからソコに?」
にじり寄る夏穂と、その分、冷や汗垂らしながら後退る飛鳥の叔母姪コンビ。 そんな、仲睦まじい妻達に向かって宏が咆えた。
「あぁもう! ここじゃ周りに迷惑だから一旦、部屋に行くよ! 付いて来て!」
鶴の一声でフロントロビーに平穏が戻るのだった――。
☆ ☆ ☆
ひとまず荷物を置いた一行は氷のレストランで早めの夕食を摂り、本場のサーモン料理やセムラー(スェーデンのクリームパンでデザートに近い)で盛り上がりを見せた(若菜がシュールストレミングを所望したが屋内では食せられないとの理由でシェフから丁重に断られてしまった)。
「さて、腹もくちくなったし、適度なアルコールも摂ったし、そろそろ懸案の解決と行こうか」
宏の音頭で、十一人は再び三人部屋に集まっていた。 これから肝心要な部屋割りを決める会議が行われるのだ。 当然、妻達に緊張が一瞬走るが、如何せん、豪華な食事と旨い晩酌(アルコール)のお陰で談笑の域を出ない。
「……ヒロクンとひとつの寝袋で一夜を明かす、か。それはそれで楽しいに決まってる。狭くても密着し隙間無く重なり合えば平気」
「優先輩、密着とか重なり合うって、どこがです?」
「……決まっている。男は凸、女は凹だから自ずと重なるよう出来ている。しかも密着すればするほど快楽が――」
優と飛鳥がベッドの上で額を寄せヒソヒソと言葉を交わしていると、ここにも割って入る者が。
「優、アンタ、夕食のワインで脳ミソ溶けたんじゃ無いでしょうね? 飛鳥ちゃんもバカが移るわよ? 何度も言うけど、夫たるヒロと同室になるのは筆頭妻たるあたしよ。妻が夫と寝るのは当然でしょ?」
優の双子の姉にして公式な筆頭妻となって久しい晶だ。 普段は凜とした態度で理路整然と物事の処理に当たるのだが、宏が絡むと途端に我田引水するから話がややこしくなる。
「……お姉ちゃん。ヒロクンとの刺激的な一夜を過ごすのに見栄や下手なプライドは不要。花より団子、だよ。それに、ヒロクンの妻はお姉ちゃんだけでは無い。当然、ボク達にも同衾する権利がある」
「うぐっ!? あ、アンタも言うわね」
決して広いとは言えない三人部屋にはダブルベッドとシングルベッド、そして椅子三脚と小さなテーブルが置いてあるだけなので空きスペースは無いに等しい。 元より、日本流に言えば『かまくら』の延長線上にあるような造りなのだ。 椅子からあぶれた者はベッドに上がり、そこも無理なら床に座るしかない。 限られた狭い空間に十一人もの人間が集まり、喧々囂々、鳩首会談しているのだから姦しさもひとしおだ。 厚手の防寒具が擦れ合うカサカサ、ズリズリと言った音も声に混じって部屋に響く(周囲の全てが氷なのでタイル貼りの浴室の如く音が反射するのだ)ので、自然と声が大きくなってしまうのだ。
「あぁ、もう! 全然収拾付かん! ええい、みんな、恨みっこ無しのじゃんけんで決めよう! 最初に二人勝ち抜けたら俺と同室のトリプルルームね! あとはグーパーで決めて!」
一喝するようパンパンと手を打ち鳴らした宏の、鶴の一声で場の空気が緊張感を孕んだものに変わり、より一層盛り上がってゆく。 それはまるで、カジノで全財産を賭けた大一番に臨むような雰囲気にもなっている(妻達からしたら実際そうなのだろうが)。 防寒着に身を包んだ美女十人が二つ並んだベッドの上で輪になり、血眼になってじゃんけんに臨むシーンは、ある意味シュールだ。 傍から見たら、まるで最後の食糧を奪い合う遭難者集団に見えなくも無い――のかもしれない。 そして氷部屋に響く、唱和の声。
「「「「「「「「「「最初はグ~、じゃんけん――」」」」」」」」」」
「うぎゃぁ――っ!!」
「きゃ~~~♪」
「あら、イチ抜けだわ♪ おほほのほ♪」
「いゃ~ん、負けちゃったぁ~」
直後に沸き起こる、歓喜の声と悲痛な叫び声の大ハーモニー。 幸い、氷の壁なので防音に関して全く心配無いから助かる。 これが普通のホテルだったら両隣と上下階は元より、近隣からも『うるさい! 何時だと思ってんだっ!!』と大クレームが付く事請け合いだ。
「続けていくぞ! 最初はグ~――」
二番手争いは熾烈を極め、何度もあいこが続いた後にようやく決着(ケリ)が付き、その後の部屋割りグーパーでも何度も黄色い大歓声が湧き上がった。
「で、最初に勝ち抜けたのは多恵子さんで、残り一枠に若姉が入った、と。おめでとう! ……で好いのかな、この場合?」
苦笑いする宏。 それまでの、妙~な緊張感漂う雰囲気とは打って変わって、いつもの穏やかな空気に戻っている。 ニコニコ顔の当選者二名に、残り八人の女性陣は仕方無いわね、とばかり勝者を称え、笑い合っている。 元より、本気の喧嘩など出来やしないのだ。
「それじゃ、今夜は早く寝ようか。もしも条件が揃ってオーロラが出たらフロントから連絡が来る手筈になってるから、そしたらみんなしてオーロラ見物だよ♪ 」
「「「「「「「「「「は~い♪」」」」」」」」」」
宏の示した新たなイベントに、十人の美女は頬にキスして応えた――。
☆ ☆ ☆
「宏さん、起きていますか?」
多恵子はすぐ隣の寝袋に、そっと声を掛けた。 この三人部屋には青色LEDのフットライトが灯っているので、氷の壁や天井と相まって部屋全体が薄っすらと青白く光って見える。 それは氷のベッドで眠る人にも当て嵌まり、夫の顔をそっと覗き込むと血の気が無いようにも見えてしまう。
(でも、夕食で戴いたお酒のお陰で頬が紅いですわ。わたくしも、まだ身体が火照っていますし)
室温はマイナス五度だと言っていたが(壁の温度計もその数字を示している)、思った程、寒くは感じない。 元々、雪国で生まれ育ったのである程度の寒さには慣れているし、屋外と違って肌に直接風を受けないので冷たさも感じないのだ。 しかも、ホテルから貸し出された防寒服を完璧に纏った状態で保温機能の高い寝袋に包まっているので、本当に氷点下の世界にいるとは思えない位に温かい(厚着しているので多少動きにくい点はあるが)。
「これなら、ほんの少しの間、寝袋から出ても大丈夫そうですわね」
それでも口を開くと白い息がもうもうと立ち昇るので、それなりに冷え込んでいるのだと判る。 ベッドサイドに置かれた時計に目を向けると、深夜十二時を少し過ぎた時刻を示していた。
(宏さん……♥)
多恵子は目の前で安らかな寝息を立てている夫を繁々と眺める(でも横顔だけど)。 その向う側では、若菜が軽やかな寝息を立てている。
(若菜さん、一緒に寝ようと言ってくれて、ありがとうございます)
寝る前に言葉にして伝えてはいるが、それでも言わずにはいられない。 当初、多恵子は部屋割りが決まった時点で若菜と宏にダブルベッドを使わせ、自分はシングルベッドで眠ろうと決めていた。 しかし寝る段になり、満面の笑みを浮かべた若菜が何のてらいも無く「同じベッドで川の字になって眠ろう~♪」と提案してくれたのだ。 何でも、
「寝袋に入っていれば~、寝相を気にせず三人並んで眠る事が出来るよ~。身体ごと横を向いてお話も出来るし~♪ 第一、ひとりだけシングルベッドで寝るなんて可哀想だよ~」
と、率先してベッドに上げてくれたのだ。 ひと回り以上も歳下の夫からも同様に、
「それも楽しそうだね。多恵子さんもどうです? ダブルベッドで川の字、楽しそうだと思いません?」
などと強い薦めもあり、お陰で寝袋に入ってからも色々な話をして楽しい時間を過ごす事が出来た。 そして、今もこうして安らかな寝息を立てている愛しの君を飽きる事無く、眺め続ける事も出来る。
(あぁ……わたくしは何て果報者なのでしょう。宏さんとの出逢いや、その後の繋がりに深く感謝しますわ)
目の前であどけない寝顔を見せている宏は、いわば自分の人生を大きく変えてくれた大恩人なのだ。 多恵子は夫の向う側にいる若菜に今一度視線を向け耳も傾けると、先程と変わらず一定のリズムで寝息を立てているのが判った。
(若菜さんは完全に眠っていますわね。でもわたくし、今夜は妙に頭が冴えて眠れませんの。きっと……宏さんがすぐ隣にいる所為ですわ。この責任はキッチリ取って戴かないと)
お屋敷で共に暮らすようになり、夫婦の契りを交わした後でも閨で朝まで二人っきり(若しくはそれに準ずる人数)になった事が皆無だっただけに、今この時だけは自分だけが宏を見つめている――そんな優越感(独占欲とも言う)や高揚感に浸ったとしても、何ら不思議では無いだろう。
(あぁ、もう……我慢出来ませんわ! んと……あら? これは……流石にちょっと狭いですわね。……ん、ん、んしょ……ん……あらよっと)
寝袋の中で身体をもぞもぞ動かし始める多恵子。 より一層火照り出した身体の所為か、それとも寝袋の保温性能が優れているお陰か、汗ばむ位に暑くなって来た。
(よいしょ……っと。ふぅ)
暫く寝袋の中で身動ぎしていた多恵子の動きがピタリと止まる。
「宏さ~ん? 起きてますか~? もし寝ていたら返事して下さ~い。若菜さ~ん、起きていたらわたくしとイチャイチャしませんか~? 寝ていたらわたくしが宏さんに悪戯、しちゃいますよ~」
わざと、少し大きな声でジョークとも本気とも取れる台詞をかましてみる。 この声に反応が無ければ二人共、完全に夢の中にいる事になる。 果たして。
「宏さ~ん、起きませんね~、でしたら……んふ♥」
瞳を妖しく光らせた多恵子は自分の寝袋から這い出ると舌舐めずりし、おもむろに宏の寝袋に手を伸ばした――。
(つづく)
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