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ライトHノベルの部屋
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~ラブラブハーレムの世界へようこそ♪~
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恋文(1)
恋文(1)
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美姉妹といっしょ♪~新婚編
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充実した年末年始を北欧で過ごし、その余韻が徐々に薄くなり始めた一月の初旬。
「んと……ここは……こうして、こっちは……こうすると……ふむ、何とか制限内に収まったけど、どうだろ? もう一回、初めから確認するか」
宏は名実共に一家の大黒柱となるべく、羽田空港の一角にある事務所で机(デスク)に齧り付き、仕事に打ち込んでいた。 ここは旅客ターミナルや各航空会社の整備エリアとは反対側の北西エリアに位置し、企業や報道各社、警察、消防、海上保安庁に航空局の格納庫(ハンガー)兼事務所が立ち並ぶエリアだ。 公道側に二階建ての事務所があり、ハンガーを抜けると滑走路へ続く誘導路になっている。 いわば、ここは空港と市街地との境界線でもあるのだ。 そんな場所で、宏はほのかと共に働いていた。
(おー、今日もエンジン音が好く聞こえるわ。でも機体を見られないから少々物足りないけどねー)
右手にペンを持ち、左手で電卓を叩いては数字を紙に記してゆくのだが、航空ファンの宏に取って外の景色が少々、否、かなり気になる。 この場所で働き始めたばかりなので環境に慣れていない所為もあるだろうが、愛して止まない(?)ジェットサウンドに機体を想像してしまい、手が止まってしまうのだ。
(晴れてればハンガーの前で飛んでく飛行機見られるけど、昼休みの一時間しか見られないからなぁ。しかも食休みは食堂でほのかさんと常に一緒だから、殆ど飛行機見れないし)
夫として愛する奥さんが常に隣にいるのは嬉しいが、男として旅客機も気になる訳で……痛し痒し、だろうか。 しかも、この界隈は燃料(ケロシン)の匂いが仄(ほの)かに漂っているから堪らない。 壁一枚隔てた隣には、ほのか達が操縦するビジネスジェットが二機据え置かれているので、燃料の匂いが建物内のそこかしこに染み付いてもいるのだ。
(軍用以外のジェット機の大半は、実は灯油で飛んでるって一般人は知らないんだよなー。まぁ灯油は灯油でも精製度の高い高価な灯油だけど。ま、それはともかく。耳と鼻で飛行機を感じるなんて、この場所は好いなぁ♪ ついつい耳を澄ませて深呼吸しちまうぜ♪ ……おっと、いかんいかん。先ずは目の前の計算を済ませないと)
デスクに置いたペーパーに目を向けるも、鼻は燃料の匂いを、耳はエンジン音を無意識に追ってしまう。 なにせ、ここ羽田空港は日本を代表する空の表玄関だけあって国内外の旅客機が数分おきに離着陸し、二十四時間、エンジン音が途絶える事は無い。 机に座っていても、締め切った二重窓や厚みのある防音防火扉を通じて滑走路からフルパワーで上昇してゆくエンジン音(一日数回、プロペラ機の音も聞こえる)や、着陸後の一際高い逆噴射(リバース)音が遠く聞こえ続けてもいる。 羽田は滑走路が四本あり、常に二本ないし三本使用しているので音が途切れないのだ。
(お♪ この腹に響く中低音はトレント1000だ。ってコトは、今飛び立ったのはボーイングの787(ドリームライナー)か。やっぱロールスロイスのエンジンはロッキードのL-1011(トライスター)で使ってたRB211-22時代から独特なサウンドだよなぁ。ファンブレードの回転音が如何にもだったし♪)
(お? この静かな、だけど力強い音は……ゼネラル・エレクトリックのGEnxだな。ってコトは……今度は747-8(新型ジャンボ)か。前世代で双璧を成したCF6-80C2とプラット&ホイットニーのJT9D-7R4G2も甲高い金属音が混じったサウンドで好きだったけど、この音も新世代って感じで捨てがたいなぁ♪ 嗚呼、毎日ジェットサウンド聞けて幸せだぜ~♪)
仕事中にも係わらず、完全にニヤケる宏。 民間航空機好きを公言する宏にとって、羽田空港は聖地とも呼べる場所だ。 大小様々なジェット旅客機は勿論、運が好ければ国賓のVIPフライト(特別機)にもお目に掛かれるのだから。 その空港で――敷地の隅とは言え働けるのだから、宏は天にも昇る気持ちで一杯なのだ。
(ん? このド派手で豪快なエンジン音は……ゼネラル・エレクトリックのGE90、ボーイング777だな。このエンジンはとにかくデカイからなぁ。ファンブレードの直径なんか、ボーイング737の客室幅とほぼ同じだし)
ここで宏の視線が隣に向く。
(ほのかさんは日本に来てから毎日、ここでこーゆー音を聞いてたんだよな。何か、羨ましいを通り越してすげぇな)
そのほのかと言えば、朝礼を終えてから机が隣り合う副操縦士(コ・パイ)の澪(みお)――肩に軽く掛かるショートヘアと小顔がキュートな二十四歳・独身美女だ――と、綴じられた書類片手に何やら話し込んでいる。 漏れ聞こえる内容から、どうやら管制官から指示されたタイミングとパイロット判断との境界線や優先度を吟味しているらしい。
(そっか。いつだったか管制官の指示を聞き違えた空軍へりが滑走路を横切って飛び立ち、その煽りで離陸中断(リジェクテッド・テイクオフ)した民間機のすぐ後ろに、管制官の着陸復航(ゴー・アラウンド)の指示に従わなかった、或いは指示が間に合わなかった別の民間機が着陸したダブル・ニアミスがあったもんなー)
航空管制にも強く興味を持つ宏は二人のやりとりを、それとなく聞き耳を立てる。 暫し聞いていると、『ゴー・アラウンド時の上昇ルートと横切った空軍ヘリが交差しかねない場合はどうするか』とか『強引に着陸し、先行機に追突しないよう早い速度のまま手前の誘導路(タキシー・ウェイ)へ逸れる手もある』、『しかしそうすると離陸中断した機の動きが判らないし誘導路にも他の機がいる以上、下手に突っ込めない』……等々、どちらもごもっともな意見を交わしているので白熱した議論に発展しているようだ。
(でも、何で俺がパイロットのデスク島に座るハメに……。まぁ、おおよその見当は付くけど)
宏の机は機長(キャプテン)であるほのかの机と隙間無く、ピタリと並んでいる。 何でも、宏が使う机を搬入した際、ほのかがここに置けと頑として主張し譲らなかったらしい。
(まぁ、お誕生日席や管理職の席みたくパイロットの人達を一望する形になってないだけマシかも。……でも、このお陰で仕事上の質問などは気兼ね無く、すぐに聞けて好いけど……ほのかさん、人目を憚らず椅子ごと擦り寄って来られるのはちょっと、なぁ。その度に注目浴びるし、みんなしてニヤニヤするし)
事務所の机は業務(セクション)毎にひとつの島――机を向かい合わせにしている――になっている。 公道側から入ってすぐ目の前にパーティションで囲まれた応接ルームがあり、その右に事務担当六人の島が横に伸びている。 事務担当の更に右、ハンガー側には整備(メンテ)要員十二人の島が奥に向かって伸び、格納庫に通じるドアが背後に二箇所あるので出入りし易くなっている。 ほのか達パイロット十人の席は事務担当の奥に平行して島が作られているが、ここに宏の机が加わったので島からひとつだけ飛び出た形になっていた。 そして事務所の一番奥に、大黒様に似た所長と美貌の副所長の席が並んでいる。 因みに、所長と副所長の背後には給湯室や書庫、二階へ上がる階段があり、出発前に乗員(クルー)と運航管理者(ディスパッチャー)の副所長が行う打合せ(ブリーフィング)専用の区画(ブース)も備えられている。 二階は休憩室兼食堂の大広間にロッカールーム、仮眠室とシャワールームがある。 宏の席は正に副所長席の真ん前にあり、上役からの視線と同僚達からの視線両方を一身に浴びる位置でもあった。
(これって……新学期の席決めで、教壇の真ん前に座っちまうのと一緒な気がする)
ペンの頭で電卓をポチポチ弾くも、余計なコトで頭が一杯な宏。 この姿だけで、だらけていると判る有様だが、幸い(?)、今月はフライト業務が無く、職場全体がのんびりムードなので誰からも咎められる事は無い。 私服姿のパイロット達や事務のお姉様方、整備士達(こちらは仕事の性質上、お揃いの“つなぎ”を着ている)もお菓子やお茶、雑誌を片手に談笑しているのだから。
(みんな暢気だよなー。でも、こーゆー雰囲気、好きだな。恐怖政治に慄く市民の如く変に張り詰めて無くて)
宏自身も深緑のトレーナーにジーンズ、ほのかもボディラインが浮き立つニットのセーターにスリムジーンズの出で立ちだ。
(ほのかさん、オッパイの膨らみが妙~に色っぺ~な。座ってるのに、ゆっさゆっさ揺れて……まさかノーブラ!? ってコトは無いよな? 今朝、ベッドから起きてすぐに黒のデミカップブラ、着けてたし)
昨夜のエッチは当然(?)、スッポンポンでしたが、起きてからは洗面やら着替えやらで自室に戻ったので、ほのかがその後、ブラを外したのかは判らない。
(いっそ背後からオッパイ揉んでみれば判る――じゃねぇ! んなコトしたら、セクハラになっちまう……のか? イチャラブの夫婦間でも? 否、そもそも、ンなコトしたら職場のみんなからナニ言われるか判ったモンじゃねぇし!)
宏は妻となって久しい金髪碧眼ハーフ美女を横目で見つめる。 波打つ金髪は腰まで届き、窓からの光でキラキラと後光が射しているようにも見える。
(細い眉に長い睫毛、二重瞼の切れ長の瞳に薄ピンクの唇、鼻筋の通った彫りの深い顔立ちに細く長い首……。何度見ても美人だよなー。北欧特有……かどうかは知らないけど、日本人には到底及ばない美を備えてるよなぁ。白い肌は肌理細かくてスベスベだし、張りもあるから撫でると好い具合に指を押し上げて……特にオッパイなんか妖精のバストと言っても好い位にお碗型のCカップ美乳だし♥)
日本人の父親とは言葉使いだけが似て、容姿はスェーデン人の母親譲りで、脱いだら凄いのだ。
(脚は身体の半分もあるんじゃ無いかと思う程に長いし、ウェスト細いしお尻も垂れず張りのある丸味があるし、三角地帯(デルタゾーン)のなだらかな曲線も……ぐへへ♥)
北欧ハーフ美女のオールヌードを思い浮かべ、目尻を下げ鼻の下と下半身の如意棒を伸ばす宏。 もしここに晶がいたら即行でハリセンを喰らい、千恵なら問答無用でヘッドロックを喰らう事、間違い無いだろう。
(でも、晶姉がほのかさんをヘッドハンティングし、それにほのかさんが応えたから、今、俺がここにいるんだよな)
宏が今いる場所は、元々は丸の内にオフィスを構える外資系企業の日本支社が有していた建物で、その中の飛行業務課の現場事務所――通称、羽田事務所として使っていたものだ。
(当時、会長付秘書課長として晶姉が丸の内に務めてて、ずば抜けた能力の高さから『影の会長』とか言われてたもんな。そんな中、社用パイロットの補充として大学のクラスメイトだったほのかさんを呼んだ、って晶姉言ってたし)
(ほのかさんも、晶姉に呼ばれる頃には既に『凄腕の機長(キャプテン)』として欧米の社用パイロット界で名を馳せてた、ってほのかさん、自分で胸張ってたし)
(従姉の晶姉と、俺が高校二年の時に偶然知り合ったほのかさん。その二人がいる会社に総合職として勤めるなんて、その頃の俺には想像すら出来無かったもんなー)
ところが、昨年春に格納庫が隣り合う四つの企業が合理化の旗を掲げた。 費用の嵩む飛行部門をそれぞれ独立させた(実質、切り離した)上で統合し、共同出資による新会社として立ち上げ、再出発させたのがこの事務所なのである。
(晶姉達のいる日本支社が他の企業の飛行部門を吸収合併した――って、ほのかさん言ってたっけ)
この断行により、各企業の飛行業務部門の整理縮小が行われた。 四社で四機種四機あった航空機(ビジネスジェット)は一機種二機となり、それに合わせてパイロットと整備士、そして事務職員は必要最小限にまで絞られた。 聞き及んだ所では、あぶれたパイロットと整備士は、ある者は早期退職の道を選び、ある者は別の航空機関連の企業へ転職したと云う。 そして事務職のお姉様方もそれぞれの本社へと戻り、ここに残っているのは選考で勝ち抜けた達人達(スペシャリスト)なのだそうだ。
(ほのかさんや晶姉、統合の話をした時、哀しそうな顔、してたもんなー。仲間が去るの、どうにも出来んかったって)
結果、新会社の羽田事務所には、ほのかを含めたパイロット五組十名(基本は一機を二人ひと組で飛び、泊まり勤務となる長距離海外路線になると最低二組で飛ぶ。会社には二機あるので四組必要となり、待機要員を含めると最低五組は必要なのだ)、整備士十二名、事務担当六名、ディスパッチャー兼任の副所長、そして所長を頂点とした総勢三十名で再スタートしたのだった。
(でも、人件費節減を図る余り人員を絞り過ぎ、業務量に追い付かなくなったが故に俺が入社出来たんだよなー。俺には運が好いのか悪いのか微妙だけど)
宏は思い出す。 昨年の秋、この場所で雇用契約書を突き付けられた時の事を。
(ほのかさん、俺の事、だいぶ買ってくれてたもんなー。驚いたけど、嬉しかったのも確かだし)
ほのかは現場の人員不足を早急に解消すべく、平均的な一般人を採るより、柔軟な思考が多角的に出来、航空に関する知識もある程度有し、且つ、この界隈で広く顔が知られ好ましく思われている宏なら――と、獲得(スカウト)に向け中心的役割を果たしたのだ。 しかもその案を二つ返事で承認し、後押ししたのが所長以下ここにいる面々と社長(日本支社会長と兼任している)なのだから恐れ入る。
(オマケに、事務部門の責任者たる晶姉に内緒でコトを運んでた、って言うから怖いもの知らずだよなぁ。コトが露見した後のコトなんて、これっぽっちも考えてなかったんだろうな。お陰で一晩中、ベッドの上で裸のまま恨み辛み聞かされ続けたし)
宏がほのかの事務所で働くと聞いた途端、目と牙を剥き、角を生やした晶に一晩中、ねちっこく責められたのは他ならぬ宏自身だ。
(まぁ、昨年の秋に晶姉のいる丸の内オフィスに新卒二人が入ったって言うし、その反発もあって俺がここに入れたのなら、ほのかさんに感謝だな。好きな飛行機と二人の奥さんがいる会社に入れたんだから。……まぁ、晶姉も自分の下に獲るべく俺を狙ってたみたいだけど、完全に手遅れだったもんなー)
その晶の詰める丸の内オフィスは、日本支社時代の飛行業務課をそのまま新会社の事務処理担当として引き継ぎ、飛行業務部として総務や財政管理、飛行(フライト)に関する交渉などを担っている。 何せ、出資先(親会社でありスポンサーでもある)四社の、それぞれの抱える顧客の送迎や重役達の本社、支社、支店、取引先間の移動を社用ジェット二機で賄うのだ。 しかも移動範囲が場合によっては地球規模にもなるので、機体や乗員(パイロット)に負担が掛からぬよう一括し調整しなければならない。 また、機体やエンジンのメンテナンス期間中に利用申請しないよう、各社へ周知する場合もある。 故に、晶は飛行業務部長として四社に対し、出張時の日時にある程度、干渉する権利も得ている。
(出資先の二つが外資系で、本社がアメリカとヨーロッパだもんなー。晶姉も欧米企業相手に大変だ)
自分もその外資系企業のグループ社員だと、これっぽっちも気付かぬ宏。 新人だのにそれだけ現場に浸っている、とも言えるだろうが。
(晶姉、新会社設立に伴って会長付き秘書課課長から飛行業務部長に昇進だもんなー。実質、新会社のトップに抜擢された訳だ。しかも、フライトアテンダントとしてほのかさんと同乗する時も多々あるし)
晶は事務部門(フロント)を指揮し、羽田(現場)を統括指揮するのは副所長であり、操縦士達を束ねるのが主任機長(チーフパイロット)であるほのかなのだ。
(ま、この先も色々あるんだろうけど、今は仕事を覚える事に専念しないと)
ペンの頭を咥え、物思いに耽(ふけ)ていた宏は頭を振って思考を切り替え、目の前の仕事をひとつずつ、順に消化する事だけに専念する。 椅子に深く座り直し、渡された資料を参考にしながら電卓で弾き出した数字を書き込んでゆく。
「よし、これで計算合ってる……筈」
これで二度、見直してはいるが、自分でも気付かぬミスや見落としをしている場合もあるから油断は出来無い。 ほのかの口癖では無いが、書類一枚にも人の命が掛かっている仕事に就いているのだから。 この仕事は朝礼後、にこやかな顔をした副所長から一枚の紙と数枚の資料を渡された事から始まる。
『宏さんには航空業界で使うUTC(世界標準時)やlb(ポンド)表記に慣れて貰います。時間は気にせず、これをやって見て貰えるかしら? あ、計算する時は小数点四桁まで使ってね♪』
ウィンクと共に渡されたのが、メートル法とヤードポンド法の相互換算をする、と言うものだった。 例えば、『二十トンの重さの燃料は何リットルになり、それをポンドで答えよ。比重は0.8とする』とか『重さ八十五万ポンドは何トンになるか』とか『最大着陸重量六十三万ポンドに収めるには、貨物は何トン積み、燃料は何リットル積めるか』など、日常生活ではお目に掛かれない桁数や単位で記された設問が幾つも羅列されていたのだ。
(パッと見、桁数多くてビビるけど、航空ファンなら特段難しいモンじゃ無いし。UTCにしたって要は時差を掴むモノだしなぁ。まぁ、俺には総じて簡単かな)
昔から数学が苦手だった宏には八桁、九桁の数字がズラリと並ぶ様を見ただけで腰が引け視線を逸らしたくなるが、そこは趣味の世界。 航空ファンとして事ある毎に接する数字や単位なので手応えを感じつつ、
「副所長さん、出来ました。チェックお願いします」
自分の机(デスク)から立ち上がり、研修指導役の副所長の下へ赴く。 とは言っても、宏の机は副所長の座る席の目の前にあり、移動と呼べるものでは無い。 座ったまま椅子ごとクルリと振り返れば副所長さんとご対面、なのだから。
「お♪ 流石に早いわね~。始めてまだ三十分経って無いじゃない♪ どれどれ? ……ふむふむ、ん~~~、ふん、ふん、ほぉ~、これはこれは……おぉ、なるほどね~、そう来たか! うんうん、ほっほ~……」
ハンガー側の壁に掛かっている縁の赤いUTC表示のアナログ時計(事務のお姉様方の後ろにある緑色のアナログ時計は日本時間になっている)に目を向けてからニコリと笑い、正答が記された用紙と付き合わせてゆく。 この時、副所長さんから意味不明な言葉(呻き声?)が漏れ出ているが……好い兆候、なのだろうか。 少なくとも声のトーンが明るいので、丸っきり悪い反応ではなさそうだ。
(でも何だろう、この待っている間の、妙~な緊張感は。……まぁ、即座に『ダメ! やり直し!』な~んて突き返されないだけマシ……かな? 表情も柔らかいままだし)
宏の視線が副所長の頭に向く。 黒髪をアップに纏め、紺色のビジネススーツにキッチリ身を包んだ副所長は今年で三十七歳になるキャリアウーマンだ。 現場の実質的なトップとして永らく羽田事務所を治め、ほのか達パイロットを地上から支援するディスパッチャーであり、社員達からの人望も厚い(らしい)美貌のお姉様(独身)でもある。
(最初に挙げた結婚式では所長さん共々、お世話になったからなぁ。所長さんの口添えがあったとしても快くハンガーを挙式会場として提供してくれたり二階の休憩所やロッカールームを控え室として使わせてくれたり)
(二度目の結婚式では所長さんと下地島まで来て下さって何かと尽力してくれたもんなー。虹色フライト、とか)
宏や妻達(特にほのか)に取って、肩書き以前に足を向けて寝られない相手でもあるのだ。
(ここに詰める事務のお姉様方や整備士の人達も、結婚式の時は会場作りとかでお世話になったし……下地島の式の時は生中継をみんなで視て下さったって言うし)
宏の肩書きは新入社員でも、ほのかの夫として一年半前からここにいる人達と面識があるので、全くの他人と言う気がしない。 むしろ、『あのキャプテンの旦那さんなのだから、何か凄いな』とか『最初の結婚式、視てて感激しました♪』などと会社の垣根を越えて顔が広まっているらしく、この界隈の整備士さんや事務のお姉様、出入りの業者さんや果ては通勤で使うモノレールの整備場駅の駅員さんまで気軽に手を振られ、連日のように声を掛けられている。
(ほのかさん、言ってたっけ。俺、自分が思っている以上に羽田の有名人だって。晶姉も美貌のフライトアテンダントとして目立ちまくってるし、ほのかさんも羽田のクイーンとして注目浴びてるし……なんか夫婦で際立ってるよなー)
嬉しいやら照れるやら、対処に困る宏だった。 と、解答用紙の上を這う副所長さんの細い指先をボンヤリと見ていたら。
「おいおい、美人妻が隣にいるのに、もう浮気か? 宏も手が早いなぁ。まぁ、副所長ならまだまだ新鮮だし不倫するなら手を貸すぜ♪」
バシンと派手な音がする程に背中を叩かれ、聞き慣れた美声と衝撃で我に返った。
「痛っ! ――って、ほのかさん!? いつの間に――」
「宏が席を立ったから、オレも目で追ってたんだ。なんたって、愛しくて愛しくて目に入れても痛くないし、アソコに入れたらもっと気持ちイイ宏だし~♪」
「ほ、ほのかさん! こんなトコで下ネタ、かまさないで下さいっ! 毎度皆さん困って――」
「んなコト、ねーぞ? ホレ、整備士(メンテ)の連中は開けっ広げに笑ってるし、事務方のお姉ちゃん達は顔を赤らめつつ食い入るように見てるだろ?」
「へ? うぁ~」
最後まで言わせないほのかが顎で示す方向へ視線を向けると、一斉に視線を逸らされた。 よくよく見ると、みんな例外無く目尻が下がり、口角はアルカイックスマイルの如く吊り上がってもいる。 しかも腹を抱え、必死になって笑いを堪えている姿もチラホラ……。 どうやら、夫婦揃うと格好の餌食(娯楽対象?)と化すらしい。
(そう言えば……昼メシの『あ~ん♥』事件、あれで一気に火が点いたんだよなぁ、見世物として。晶姉が所用でここに来てる時に、もしそんなコトしたら……想像するだけで恐ろしいわっ)
嬉しいよりも、この先が思い遣られる宏だった。 一方。
「う、う、う、浮気っ!? ふ、ふふふ不倫っ!? ちょちょちょちょちょちょちょっとほのかさん! 浮気とか不倫だなんて、私はそんなつもり毛頭ありません! それに新鮮ってどういう意味――ってっ!?」
宏が思考に走っている間、副所長は目を渦にしていた。 普段の落ち着いた言動が嘘のような慌て振りだ。 当然(?)、事務所の面々は、やんやの喝采を贈っていた。
「ナニ、焦ってんだ? 冗談に決まってるだろ? 副所長も初心だなぁ」
片や、仕掛けたくせに淡々と、しかも何事も無かったかのように素っ気無く言うほのか。 しかしその切れ長の碧眼は、これ以上無い位に煌めき、笑っている訳で……。
(ほのかさんってば……ホント、物怖じしないな。相手は直接の上司だろうに。……でも、こーゆー笑いを常に取れるほのかさんだからこそ、機長(キャプテン)として人の生命を預かるシビアな世界で悠然と生きて行けるんだろうな)
ほんの一瞬、妻の偉大さを垣間見た気がした宏だった。 でも、今は場を収める方が先だ。
「ほのかさん。上司にそーゆー冗談、拙いでしょ。副所長さん、困ってるじゃん」
やれやれと宏がほのかの肩に手を載せて言えば、
「ほのかさん、知らない人が聞けばシャレになりませんよ、ソレ。あんまし上司を弄って遊ばないで下さい。只でさえ副所長は色恋沙汰に耐性無いんですから」
ほのかと常に操縦(フライト)でペアを組む澪が椅子ごと向き直り、諦め顔で諫める。 しかし、黒曜石のように澄んだ瞳は三日月目になり、口角も何か堪えるよう震えてもいる。
(あ~ぁ。澪さんも必死こいて笑い堪えてるし。……でも流石、ほのかさんと行動を共にするだけあって澪さん、ほのかさんの性格、知り尽くしてら。でも、この状況は……)
整備士連中や事務のお姉様方もこちらをチラチラ覗いつつ忍び笑いしたり俯いて震えていたり……自分達は完全に見せ物となっていた。 一方、嬉々とした機長に茶化され、泡を食っていた副所長さんと言えば……。
「あ、あ、あ、あ、あんたら~~~~」
椅子から腰を浮かせた状態のまま首から上が朱(あか)くなり、眉と瞳が吊り上がっているものの涙目なので、怒っているのか照れているの泣いているのか……全く判らない顔になっている。 書類を持つ手はプルプル震え、頬もピクピク引き攣ってもいる。
(あ、ダメだ、こりゃ)
付き合いの短い宏でさえ判る、完全にテンパってる状態だ。 直接原因のほのかは高笑いを繰り返し、澪は視線を逸らして笑いを堪え、沸き立つ事務室の面々も――。
「俺、このまま会社(ここ)にいて好いのか? 副所長さん、ご愁傷様。ほのかさんには後で言い聞かせますから」
困惑した宏の呟きは誰にも届かなかった――。
(つづく)
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